はじめに

「公害」と聞くと、まず思い浮かぶのは、大企業の工場から出るばい煙や、化学工場の排水でしょうか。 水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく──。20世紀の日本では、こうした産業公害が大きな社会問題になりました。

ですが、公害は、産業活動からだけ生まれるわけではありません。 私たちの日々の暮らしそのものから生まれる公害もあります。 それを、社会学・環境社会学のことばで生活公害と呼びます。

1. 生活公害とは何か

生活公害は、ひとことでいえば、

人が生活することによって発生する公害。産業活動によって発生する産業公害に対する言葉。

を指します(吉岡のノートより)。

工場や事業所ではなく、家庭や個人の日常的な活動から生じる環境負荷を指します。 産業公害が「企業 vs 住民」の構図で語られやすいのに対して、生活公害は「住民 vs 住民」「私たち全員が加害者でもあり被害者でもある」という、より複雑な構図を持ちます。

2. 生活公害の主なかたち

吉岡のノートでは、生活公害の代表的な例として、次のようなものが挙げられています。

ひとつ目は、生活排水による水質悪化。 炊事、入浴、洗濯、トイレなどの生活排水によって、湖沼や海湾などの閉鎖性水域で富栄養化が進行する。 家庭からの排水のなかの栄養塩類(窒素・リン)が、藻類の異常発生(アオコ、赤潮)を引き起こし、水質と生態系を悪化させる。

ふたつ目は、自動車による大気汚染と騒音。 自家用車の走行台数が増えると、大気中の窒素酸化物(NOx)の濃度が上がる。 自動車騒音も、住宅地の生活環境を悪化させる。 排ガス規制が進んだいまでも、交通量の集中する地域では深刻な問題です。

三つ目は、近隣騒音。 ピアノなどの楽器の音、ステレオ、カラオケ、ペットの鳴き声、子どもの声、夜間の生活音──。 これらが、集合住宅や住宅密集地のなかで、近隣に迷惑をかける。

これらは、いずれも「ふつうの生活」の延長線上で生まれてしまう環境負荷です。

3. 環境基本法の「公害7要素」

日本の環境基本法は、「公害」を次のように定義しています。

事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる

によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること

このうち、生活公害は主に、

──の領域で問題になることが多い。 産業公害との違いは、加害者が特定の企業ではなく、不特定多数の住民であることです。

4. 産業公害と生活公害の、責任構造の違い

産業公害と生活公害は、社会学的に見ると、責任の構造が大きく違います。

産業公害

生活公害

産業公害は、20世紀後半に法律と規制で大きく改善されました。 ですが、生活公害は、責任の所在が分散しているために、対応が難しい問題が多い。 「自分は加害者ではない」と思いやすいなかで、社会全体としてどうするかを考えなければなりません。

5. 「みんなが少しずつ」の積み重ねが、生活公害を生む

生活公害は、社会的ジレンマ(→ #35)の典型例でもあります。

ひとりひとりの行動は、それ単独では大した影響を与えない。 ですが、それが何百万人・何千万人と積み重なると、大きな環境負荷になる。

この「みんなが少しずつ」の積み重ねを、どう変えていくか。 これが、生活公害の難しさです。

6. 環境政策と、私たちの暮らし

生活公害への対応は、産業公害とは違うアプローチが必要になります。

これらは、企業への規制だけでは進まない。 住民自身の行動変容を、制度と教育の両方で支えていく必要があります。 社会的ジレンマの解決アプローチ──制度の設計と意識の変容の両輪──が、ここでも求められます。

7. インタビュー研究と、生活公害

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、生活公害は、いろいろなかたちで現れます。

これらの語りは、生活公害が「ニュースに出る大きな問題」だけではなく、日々の生活の手触りとして存在していることを示しています。 そして、私たちが加害者と被害者のあいだを行き来していることも、見えてきます。

結び

生活公害は、私たちの日常から生まれる、不特定多数の責任のかたちをした公害です。

産業公害のように「悪い企業を罰する」では片付かない。 社会全体の暮らし方を、少しずつ作り直していくほかありません。

自分の暮らしが、別の誰かの環境を侵していないか──。 このシンプルな問いを意識することが、生活公害と向き合う第一歩だと思います。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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