はじめに
気候変動、有害廃棄物、公害、原発事故。 こうした「環境問題」のニュースを見るたびに、私たちは「みんなで気をつけなきゃ」と感じます。
ですが、よく見ると、環境負荷は全員に均等にかかっているわけではありません。 有害廃棄物の処理場は、たいてい低所得層やマイノリティが住む地域に集まる。 気候変動の被害は、責任の小さい開発途上国がより大きく受ける。
この「環境問題と社会的不平等の交差」を捉えるための概念が、今回取り上げる環境的公正(environmental justice/環境正義)です。
1. 環境的公正とは何か
環境的公正は、ひとことでいえば、
社会的公正を確保しながら、環境保全を図るべきだとする主張。
を指します(吉岡のノートより)。
「環境を守ろう」という主張に、社会的公正の視点を組み込む。 誰の犠牲のうえに環境を守るのか、誰が環境負荷を引き受けているのか──を問い直す姿勢です。
2. 1980年代アメリカの黒人運動から
環境的公正は、1980年代のアメリカで、黒人団体などが主張し始めた理念でした。
それまで、アメリカでも欧米でも、環境運動の多くは白人中産階級によって主導されてきました。 自然保護、絶滅危惧種の保護、美しい風景の保全──。 こうした関心は重要ですが、別の側面の環境問題には十分な目が向けられていませんでした。
その「別の側面」とは、
- 有害廃棄物の処理場が、低所得層・エスニックマイノリティの居住地域に集中する
- 化学工場や石油精製所のすぐ近くに、貧しい人々が住んでいる
- がんやぜんそくの多発地帯が、特定の人種・階層に偏っている
──といった事実でした。
つまり、環境問題と人種差別・貧富の格差は、不可分に結びついていた。 この事実を可視化し、環境運動の閉鎖性・階層性を批判して立ち上がってきたのが、環境的公正の運動です。
3. 制度化 ── 1994年の大統領令
環境的公正の議論は、徐々に制度に組み込まれていきます。
1994年、アメリカでは「環境的公正に関する大統領令」が公布されました。 工場などへの操業許可を与える際に、環境負荷の地理的・人種的な偏りに配慮することが、政策上の項目になりました。
その後も、アメリカ環境保護庁(EPA)に「環境正義室」が開設され(1992年)、ジョー・バイデン大統領は環境正義への取り組みを政策の柱に据えました。 2021年4月には、EPAが環境正義の推進に取り組むことを正式に宣言しています。
4. 具体的な事例
環境的公正の文脈で議論される、具体的な事例をいくつか紹介します。
ルイジアナ州「キャンサー・アレー」: ミシシッピ川沿いの約137kmに150以上の化学工場が並ぶアメリカ南部の地域。古くから黒人居住区として知られ、住民のがん罹患率は全米平均の約50倍とされます。発がん性のあるクロロプレンの排出が原因と見られ、「がん通り」の名がつきました。
ニューメキシコ州のウラン採掘とアメリカ先住民: 1830年の「インディアン移住法」で強制移住させられた地域で、後にウラン鉱山が発見されました。多くのアメリカ先住民が採掘に駆り出され、被曝の被害を受けてきました。
アフリカの干ばつと気候変動: アフリカの温室効果ガス排出量は世界の2〜3%程度。にもかかわらず、気候変動による干ばつ被害をもっとも深刻に受けているのは、アフリカや東南アジアの開発途上国です。
東日本大震災と原発事故: 2011年の原発事故で、福島県の周辺地域の住民は避難・移住を余儀なくされました。事故から10年以上経った現在でも「帰還困難区域」が残り、移住先での差別やいじめも報告されています。日本における地域格差の問題が、強く可視化された事例です。
5. 概念の拡張 ── 将来世代と国際的不公正
環境的公正の概念は、近年さらに広がっています。
ひとつ目は、国際的な不公正。 先進国の経済発展のために、開発途上国に環境負荷が押し付けられている構造。 廃棄物の越境取引、温室効果ガスの排出責任の偏り、希少資源の採掘現場の劣悪な労働環境──。
ふたつ目は、将来世代への負荷。 気候変動、放射性廃棄物、生物多様性の喪失──これらの問題のツケを、責任の小さい将来世代が支払うことになる。 これは「世代間の不公正」として議論されます。
このように、環境的公正は、ただ「環境を守る」だけでなく、
- 地域内の人種・階層格差
- 国家間の南北格差
- 世代間の格差
──を同時に視野に入れる思想として、発展してきました。
6. Black Lives Matter と環境レイシズム
2020年にアメリカで起きたBlack Lives Matter運動は、環境的公正とも深く関わるとされます。 特定の人種コミュニティに環境負荷が集中する構造を、環境レイシズム(environmental racism)と呼ぶ動きが活発化しました。
黒人への暴力や人種差別の撤廃を訴える運動が、環境問題のなかでの構造的不平等への問題提起と接続していった──。 これは、環境問題が「自然 vs 人間」の問題ではなく、「人間 vs 人間」の問題でもあることを、改めて思い起こさせる出来事でした。
7. インタビュー研究と、環境的公正
TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、環境的公正の問題は、いろいろなかたちで現れます。
- 「うちの地区にだけ、廃棄物処理場が来た」
- 「災害のあと、移住先でいじめを受けた」
- 「家のすぐ近くに大きな工場があって、ずっと心配だった」
- 「気候変動の話を聞いても、自分にできることは限られている」
これらの語りを「個人の不運」「環境問題一般」と切り離して聴くと、大事な層を取りこぼします。 環境的公正の補助線があると、語り手がどんな地理的・社会的位置で環境負荷を引き受けているかを、構造的に読みほぐすことができます。
結び
環境問題は、ただ自然との関係の問題ではありません。 誰が、どこで、どんな負荷を引き受けているのか──という、社会的不平等の問題でもあります。
「環境を守ろう」という呼びかけが、誰の生活を前提とし、誰の犠牲を見えなくしているのか。 そこに気づくことができれば、環境運動はもっと深く、もっと公正な方向に進化していけるはずです。
人種や地域、世代によって不均衡にもたらされる環境被害を是正しようという環境的公正の理念は、いまの私たちにとっても、開かれ続けている課題です。
参考資料
- 1994年「環境的公正に関する大統領令」(アメリカ)
- アメリカ環境保護庁(EPA)「環境正義」関連資料
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「環境的公正(環境正義)」
- 関連:相対的貧困と絶対的貧困(#37)、社会的包摂と排除(#13)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】