はじめに
「環境問題」と聞くと、自然や生態系を思い浮かべます。 ですが、社会学のことばで「環境」と言うとき、その意味はもう少し広いのです。
ある個人にとっての「環境」とは何か。 ある組織にとっての「環境」とは何か。 そして、ある社会にとっての「環境」とは何か。
今回取り上げるのは、社会学・環境社会学のことばとしての環境(environment)です。
1. 環境とは何か
社会学的な広義の環境は、ひとことでいえば、
システムの外部に位置する諸要素および制約条件。
を指します(吉岡のノートより)。
ここでのポイントは、「システム」と「外部」という対比です。 注目するシステム(個人、組織、社会など)にとって、その外側に位置づけられるものが、環境にあたります。
例えば、
- 個人にとっての環境は、家族、職場、地域、社会、自然
- 家族にとっての環境は、近隣、地域社会、経済情勢
- 企業にとっての環境は、市場、規制、消費者、競合
- 国家にとっての環境は、他国、国際機関、地政学的条件、地球環境
このように、「何を環境ないし環境の一部とみなすか」は、視点に応じて相対的です。 個人にとっての環境である家族も、家族というシステムから見れば、それ自体が内部です。 そして、家族にとっての環境である地域は、地域というシステムから見れば、内部です。
2. ふたつの環境 ── 自然的・物理的環境と、文化的・社会的環境
従来の社会学では、環境を大きく2種類に分けて議論してきました。
ひとつ目は、自然的・物理的環境。 気候、地形、自然資源、生態系、自然災害──。 人間が直接的に作り出したのではない、自然そのものとしての環境。
ふたつ目は、文化的・社会的環境。 法制度、政治体制、経済システム、文化的規範、教育制度、メディア──。 人間社会が作り出した、社会的・文化的な環境。
20世紀の社会学は、主に文化的・社会的環境のなかでの、人間の行為や社会関係のあり方、社会構造や社会変動を説明することを、中心課題としてきました。 自然的環境は、社会学よりも、地理学や生態学、人類学などの領域として扱われることが多かったのです。
3. 1960年代後半以降の転換 ── 環境社会学の誕生
ところが、1960年代後半から、この前提が大きく揺らぎ始めます。
- 公害問題(水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病など)の深刻化
- 環境問題の国際的な争点化
- 資源・エネルギー問題(オイルショックなど)
- 人口問題
- ローマクラブの『成長の限界』(1972)の発表
これらの出来事を通じて、人々は、
- 経済成長には自然環境という物理的な限界がある
- 人間も生態系の一部であり、自然から完全には独立できない
- 社会の発展が、地球環境を脅かしている
──ということを、認識するようになりました。
この認識を背景に、自然的環境と社会のあいだの相互作用を考察する分野として、環境社会学(environmental sociology)が登場します。
4. 環境社会学の問題関心
環境社会学は、伝統的な社会学が見落としがちだった視点を、社会学の中心に持ち込みました。
- 自然環境の状態が、社会のあり方をどう規定するか
- 社会の行為が、自然環境にどう影響するか
- 環境問題の被害が、社会のなかでどう不平等に分配されているか(→ #54 環境的公正)
- 環境保護運動が、社会のなかでどう動くか
- 環境政策が、誰の利害をどう調整するか
- 自然と文化、人間と非人間の関係をどう問い直すか
これらは、自然科学だけでも、伝統的社会学だけでも扱いきれない領域です。 環境社会学は、両者の境界を越えて、新しい問いを立てる試みでした。
5. 「環境」の相対性を意識すること
冒頭で触れたように、「環境」は注目するシステムによって変わる相対的な概念です。 この相対性を意識することは、社会学的に大事なリテラシーになります。
たとえば、
- 個人の生きづらさを論じるとき、その人の「環境」(家族、職場、地域、社会)を視野に入れる
- 企業の戦略を論じるとき、その企業の「環境」(市場、規制、消費者)を視野に入れる
- 国家の政策を論じるとき、その国家の「環境」(国際関係、地球環境)を視野に入れる
「個人の問題」「企業の問題」「国家の問題」と切り分けて見るのではなく、それぞれを取り巻く環境との相互作用として見る。 これが、システム論的・環境社会学的なまなざしです。
6. 21世紀の環境問題
21世紀に入って、環境問題はさらに切実な意味を持つようになっています。
- 気候変動・地球温暖化
- 生物多様性の喪失
- プラスチック汚染
- 大気汚染、水質汚染
- 食糧危機、水危機
- 原発事故、放射性廃棄物
- 都市の過密と過疎化
これらの問題は、もはや「環境問題」と「社会問題」を切り分けることができません。 気候変動の被害は、開発途上国や貧困層により大きく降りかかります(→ #54 環境的公正)。 原発事故は、地域格差と労働問題と密接につながっています(→ #76 原子力ムラ)。 そして、これらの問題への政策的応答は、グローバル・ガバナンスと地域自治のあいだで揺れています(→ #80 ミュニシパリズム)。
環境社会学が示してきたのは、「環境を守る」ためには、社会のあり方そのものを問い直す必要があるということです。
7. インタビュー研究と、環境
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、環境という補助線は、しばしば必要になります。
- 「育った地域の自然が、いまも自分の感性の根っこにある」
- 「職場の環境が、心身の健康に直接影響していた」
- 「家庭の環境が、自分の選択肢を限定していた」
- 「気候変動への不安が、将来の選択に影響している」
これらの語りは、その人の生き方が、つねに何らかの環境との相互作用のなかで形作られていることを示しています。 環境の補助線を持っていると、「個人の選択」を、より広い文脈のなかで読みほぐすことができます。
結び
「環境」とは、私たちの外側のすべてです。 そして、その「外側」が、私たちの内側を絶えず形作っています。
自然環境も、社会的環境も、文化的環境も。 すべてが、私たちの暮らしと、社会のあり方を規定しています。
そして、私たちもまた、自分の行為を通じて、環境を変えていきます。 この双方向の関係を意識することが、現代社会を生きる、そして社会学的に考える、ひとつの基本姿勢です。
参考資料
- ローマクラブ『成長の限界』(1972)
- 環境社会学の蓄積
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「環境」
- 関連:環境的公正(#54)、生活公害(#75)、原子力ムラ(#76)、社会開発(#93)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】