はじめに

税金、社会保険料、給付金──。 私たちは毎月、何かを払い、何かを受け取っています。 このお金は、いったい誰から誰へ流れているのでしょうか。

社会全体での所得の動き方を、福祉社会学では再分配(redistribution)と呼びます。 そして、その再分配には、性質の異なるふたつのかたちがあります。 それが、今回取り上げる水平的再分配(horizontal redistribution)と垂直的再分配(vertical redistribution)です。

1. 水平的再分配とは何か

水平的再分配は、ひとことでいえば、

社会において、同一所得間、同一職種間などで、稼得能力のある人からない人に所得が再分配されること。

を指します(吉岡のノートより)。

「水平的」という言葉が示すのは、「同じ所得層・同じ階層のなかで」という意味です。 所得の上下を問わず、人生のフェーズや状況の違いによって、稼げる人から稼げない人へとお金が流れる仕組みのことです。

具体例

これらの保険は、ふつう同じ職種・同じ所得水準の人の中でも、「いま元気な人」と「いま困難に直面している人」のあいだで、お金を動かす設計になっています。

水平的再分配の核心は、「いつ誰が困難に直面するかは分からない」という前提です。 だから、社会全体で支え合う仕組みを作っておく──。これが社会保険の根本思想です。

2. 垂直的再分配とは何か

垂直的再分配は、ひとことでいえば、

社会において、高所得層から低所得層への、所得の移転・再分配。

「垂直的」が示すのは、「所得階層を縦に貫いて」という意味です。 裕福な人から、貧しい人へ、お金を動かす仕組みのことです。

具体例

ここで動いているのは、

──という流れです。 社会全体の所得格差を、政策的に縮める方向に動く仕組みです。

3. ふたつの再分配の、思想的な違い

水平的再分配と垂直的再分配は、目的も思想もずいぶん違います。

水平的再分配は、

垂直的再分配は、

どちらが正しいかではなく、どちらをどれくらい組み合わせるかが、福祉国家の設計の核心になります。

4. 北欧型 vs 英米型 ── 組み合わせの違い

各国の福祉国家を、再分配の組み合わせで比較すると、特徴がよく見えてきます。

北欧型(社会民主主義レジーム、→ #47): 水平的再分配と垂直的再分配の両方が強い。普遍主義的なサービスを充実させた上で、高い税で全体の格差を縮める。

英米型(自由主義レジーム): 両方とも比較的弱い。市場の働きを優先し、最低限の選別主義的給付を中心とする。

大陸ヨーロッパ型(保守主義レジーム): 職域ごとの社会保険が中心。水平的再分配は強いが、垂直的再分配は弱め。

日本型: 水平的再分配(国民皆保険・皆年金)は整っているが、垂直的再分配は弱め。所得税の累進性も比較的緩やか。

これらの違いは、その国の歴史・政治・労働運動・宗教・家族規範などが絡み合って作られてきました。 「経済が発展すれば収斂する」というウィレンスキー(→ #57)の予想に反して、各国の再分配のかたちは、いまも大きく異なります。

5. 「世代間再分配」という第三の側面

水平・垂直に加えて、近年では世代間再分配という側面も議論されています。

公的年金は、現役世代の保険料が、いまの高齢者の年金給付に回る仕組み(賦課方式)で動いています。 つまり、

への、世代間の所得移転が起きている。 水平的再分配の一種でもありますが、世代間の問題として独立して論じられることが増えました。

少子高齢化が進むと、現役世代の負担が増えていく。 このことは、世代間の公正をめぐる議論を呼んできました。

6. インタビュー研究と、再分配

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、再分配の手応えは、生活感覚として現れます。

これらの語りは、再分配の仕組みを「自分の暮らし」と結びつけて見ています。 水平的・垂直的の補助線を持っていると、こうした語りを政策設計の議論に翻訳することができます。

結び

「税金や保険料は、誰から誰へ流れているのか」──。

水平的再分配と垂直的再分配の区別を意識すると、福祉政策の議論が、急にクリアに見えてきます。

社会全体で支え合う仕組みを、どんな組み合わせで作っていくか。 これは、政治の問題であり、私たちの生活感覚にも直結する問いです。 ニュースで「税制改革」「年金改革」「給付金」という言葉に出会ったとき、「これは水平的か、垂直的か」と立ち止まる癖をつけてみてください。理解のレベルが、ぐっと変わります。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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