はじめに

毎月の給与から、健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料・介護保険料が天引きされる──。 日本で働いていれば、たいていの人がこの仕組みのなかにいます。

その仕組みを、社会学・福祉社会学のことばで社会保険(social insurance)と呼びます。 近代国家がいちばん力を入れて作ってきた制度のひとつで、私たちの生活の底をしっかり支えています。

1. 社会保険とは何か

社会保険は、ひとことでいえば、

狭義の社会保障制度の中で、疾病、老齢、障害、労災・失業に対する保険として定義されているもの。

を指します(吉岡のノートより)。

日本の現行の社会保険は、おおむね次の4つです。

加えて、労働災害に対応する労災保険もあります。 これらは、市民が保険料を払い、社会全体でリスクを分担することで、人生の困難に備える仕組みです。

2. ビスマルクから始まった

社会保険の歴史的起源は、19世紀末のドイツに遡ります。 1880年代、ドイツ帝国宰相オットー・フォン・ビスマルク(Otto von Bismarck)が、世界で初めて体系的な社会保険制度を作りました。

ビスマルクの社会保険には、次の3つが含まれていました。

これらは、当時の労働者階級の生活不安を緩和し、社会主義運動を抑え込むという政治的目的もありました。 「ムチとアメ」のうち、アメの部分として作られた制度でした。

ですが、その後の100年以上の歴史のなかで、社会保険は世界中に広がり、福祉国家の基幹的な制度になっていきます。

3. なぜ「保険」というかたちか

社会保険は、たんなる公的扶助(生活保護)とは違います。 保険のかたちを取ることで、いくつかの大事な性質を持ちます。

ひとつ目は、権利性。 保険料を払っているから、給付を受ける権利がある。 慈善ではなく、契約的な権利として、支援を受けられる。

ふたつ目は、スティグマの軽減。 誰もが払う仕組みなので、給付を受けることに恥の感覚が伴いにくい。 生活保護のような選別主義的な制度に比べて、利用しやすい。

三つ目は、リスクの社会的分散。 病気・失業・老齢といったリスクは、いつ誰に降りかかるか分からない。 社会全体で保険料を出し合えば、特定の個人がリスクを抱え込まなくて済む。

このように、社会保険は、市民の権利と、リスクの社会的分散を両立させるための、近代の発明でした。

4. 日本の社会保険の主要な柱

日本の社会保険は、戦後に急速に整備されていきました。

「皆」がつく仕組みは、普遍主義(→ #20)の特徴を強く持ちます。 誰もが加入し、誰もが給付を受ける権利がある──この設計が、日本の社会保険の基本になっています。

5. 社会保険の課題

社会保険にも、現代では多くの課題があります。

ひとつ目は、非正規雇用の拡大への対応。 パート・派遣・フリーランスなどの働き方が広がるなかで、社会保険にうまく接続できない人々が増えています。

ふたつ目は、少子高齢化による財政負担。 保険料を払う現役世代が減り、給付を受ける高齢者が増える。 このアンバランスをどう設計し直すかが、長年の課題です。

三つ目は、新しい社会的リスクへの対応(→ #56)。 20世紀型の社会保険は、男性稼ぎ主の家族モデルを前提にしていました。 ひとり親、共働き、ヤングケアラー、長期的な不安定就労──こうした「新しい社会的リスク」に、いまの社会保険は十分対応しきれていません。

これらの課題に対して、社会保険の枠組みを残しつつ、税で支える社会サービス(保育、教育、住宅、就労支援)を組み合わせる「社会的投資」型の改革が、いま議論されています。

6. インタビュー研究と、社会保険

TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、社会保険は、生活の手触りとして頻繁に登場します。

これらの語りは、社会保険が私たちの日常をどれくらい支えているか、そして、どこに穴があるかを教えてくれます。 社会保険の補助線を持っていると、こうした語りを、たんなる「個人の苦労話」ではなく、社会の制度設計の話として聴くことができます。

結び

社会保険は、19世紀末から始まり、いまも私たちの生活を底から支えている、近代社会の重要な発明です。

そして、その仕組みは、いまも変化し続けています。 非正規労働、少子高齢化、新しいリスク──。 これらに対応する社会保険のかたちを、私たちはこれからも作り直していく必要があります。

「自分が払っているもの」「自分が受け取れるもの」を、ニュースとしてだけでなく、自分の生活と結びつけて考えてみる。 ここから、社会保険についての対話が始まると、私は思っています。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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