はじめに

仕事を失ったとき、収入はどれくらい途絶えるのでしょうか。 失業保険、年金、医療保険──こうした制度がなければ、人は市場での労働力としての価値を失った瞬間、生活が立ち行かなくなります。

この、ある種の切迫した問いを、福祉社会学のことばで整理した概念が、今回取り上げる脱商品化(decommodification)です。

1. ポランニーの問い ── 自己調整的市場の危うさ

脱商品化の出発点は、20世紀のハンガリー系経済人類学者カール・ポランニー(Karl Polanyi)でした。 彼は1944年の『大転換』のなかで、こう問いました。

完全に自己調整的な市場経済をつくりあげるには、人間と自然環境を純粋な商品へと転換させることが必要であり、それは確実に社会と自然環境を破壊する。

ポランニーの目から見ると、近代の市場経済は、

──という、奇妙なことをしてきました。 本来、商品ではないはず(売り買いするために生まれたわけではない)の人間や自然を、商品として扱う。 これを彼は「擬制商品」(fictitious commodities)と呼びました。

そして、もしこれを徹底すれば、社会と自然は確実に破壊される、と彼は警鐘を鳴らしました。 だからこそ、人間(労働)と自然(土地)を完全に市場に委ねず、社会のなかに埋め戻すべきだ──というのが、ポランニーの主張でした。

2. 脱商品化とは何か

脱商品化は、ひとことでいえば、

人間や自然を、市場での売買にすべて委ねず、社会のなかに埋め戻すべきだ、という考え方。

を指します(吉岡のノートより)。

ポランニーの議論を、福祉国家論に応用したのが、デンマークの社会学者ヨスタ・エスピン=アンデルセン(Gøsta Esping-Andersen)でした。 彼は1990年の『福祉資本主義の三つの世界』で、脱商品化を福祉国家を比較する基準として使いました。

3. エスピン=アンデルセンの比較福祉国家論

エスピン=アンデルセンの問いは、シンプルでした。

各国の福祉国家は、人々がどれくらい「市場から離れても」生活できるようにしているか?

具体的には、

──これらが、労働者が市場から離れた(失業した、退職した、病気になった)ときに、どれくらい収入を代替してくれるか。 この度合いを、脱商品化の指標として操作化しました。

そして、各国の福祉国家を、脱商品化の度合いと他の指標で比較し、有名な三つの福祉レジームを提示しました。

この比較は、いまでも福祉国家論のスタンダードのひとつになっています。

4. 脱商品化が、なぜ大事なのか

「市場依存度を下げる」というのは、抽象的に聞こえるかもしれません。 ですが、生活感覚に落とすと、次のような違いになります。

脱商品化の度合いが高い社会では、人は「労働市場での価値」だけに自分の生活を委ねなくて済む。 病気になっても、年を取っても、家族のケアで仕事を離れても、人としての尊厳を保ったまま生きていける。

これは、たんなる「政策の細部の議論」ではなく、人をどう扱う社会を作るかという根本問題に直結しています。

5. 日本はどのレジームに位置するか

エスピン=アンデルセンの分類で、日本は「保守主義レジーム」に近いと言われることが多いですが、近年は自由主義的な要素も強まっているとされます。 医療保険・年金は普遍的に整備されているけれど、失業給付の期間は短く、家族の自助に頼る部分が大きい──。 こうした日本の特徴を、脱商品化の補助線で見ると、ある程度説明できます。

そして、現代日本で議論されている「孤独・孤立」「ヤングケアラー」「氷河期世代の困窮」といった問題の多くは、脱商品化の不足の現れとも読めます。 人が市場から離れたときに支えてくれる仕組みが足りない、ということです。

6. インタビュー研究と、脱商品化

TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、脱商品化の不足が、生活の手触りとして語られます。

これらの語りは、その人の「努力不足」ではなく、その人が生きている社会の制度設計が映し出されています。 脱商品化の補助線を持っていると、こうした個人の苦境を、社会の設計の問題として読みほぐすことができます。

結び

「人間や自然を、まるごと市場に委ねていいのか」──。 ポランニーの問いは、80年経った今でも、まったく古びていません。

エスピン=アンデルセンは、その問いを比較福祉国家論として再構築し、私たちが住む社会のかたちを精密に分析する道具を作りました。

「人が、市場での価値を失ったとき、それでも生きていけるか」──。 この問いに、どんな答えを社会として用意するか。 脱商品化は、その答えのかたちを測る、有力な物差しです。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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