はじめに
国民健康保険、義務教育、生活保護、児童手当──。 私たちが「福祉」と呼んでいるものは、じつは設計思想がまったく違うふたつの考え方の組み合わせでできています。
このふたつを区別するための言葉が、今回取り上げる普遍主義(universalism)と選別主義(selectivism / selectivity)です。
イギリスの社会政策学者R・ティトマス(Richard Titmuss)が、福祉国家を分析するために整理した対概念です。
1. 普遍主義とは何か
普遍主義は、ひとことでいえば、
その人の所得の多寡にかかわらず、受けられるサービスや負担が一律であるという考え方。
を指します(吉岡のノートより)。
たとえば、
- 全国民に無償で義務教育が提供される
- 医療保険の自己負担割合が、所得に関係なく原則一定
- 児童手当が、所得制限なしで支給される(場合によって)
こうした制度は、普遍主義的な設計です。 「困っているかどうか」を問わず、市民であるなら誰でも受け取れる、という発想です。
2. 選別主義とは何か
これに対して、選別主義は、
福祉において必要な人を選んで限定し、提供するという考え方。
を指します。
具体的には、
- 生活保護におけるミーンズテスト(資力調査)
- 所得制限つきの児童手当・住宅手当
- 低所得世帯向けの就学援助
こうした制度は、選別主義的な設計です。 「本当に必要な人だけに、効率よくサービスを届ける」という発想です。
3. ふたつの設計思想の、メリットとデメリット
普遍主義と選別主義は、どちらが絶対に正しい、という話ではありません。 それぞれにメリットとデメリットがあります。
普遍主義のメリットは、誰もが受け取る権利があるので、スティグマ(恥の烙印)がつきにくいことです。 「生活保護の人」というラベリングが生まれにくく、社会の連帯が保たれやすい。
普遍主義のデメリットは、財源が大きく必要になることです。 お金持ちにも同じだけ支給するので、財源逼迫の問題が起きやすい。
選別主義のメリットは、財源を必要なところに集中できることです。 本当に困っている人に手厚い支援ができる。
選別主義のデメリットは、ミーンズテストや申請手続きが煩雑になりやすく、また「援助を受ける人」と「そうでない人」のあいだに分断が生まれやすいことです。 そして、福祉享受の基準の設定はパターナリズム的にならざるを得ず、不正受給の問題も孕みます。
4. 日本の福祉は、どちらの設計か
日本の福祉制度は、普遍主義と選別主義が組み合わさってできています。
- 義務教育・国民皆保険は、普遍主義的
- 生活保護・就学援助は、選別主義的
- 児童手当は、所得制限の有無で時期によって変わってきた
このバランスをどう取るかは、福祉国家論のなかでも、国ごと・時代ごとに大きな議論になってきました。 北欧型の福祉国家は普遍主義の比重が高く、英米型の福祉国家は選別主義の比重が高い、というのが、よく知られた整理です。
5. インタビュー研究と、ふたつの設計思想
Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聴く語りのなかにも、普遍主義と選別主義のせめぎあいが現れます。
- 「申請が大変で、結局あきらめた」
- 「『生活保護』という言葉が重くて、相談できなかった」
- 「うちは何も支援を受けていないのに、あの家庭ばかり」
- 「もらえるものはもらっておかないと損」
これらの言葉の奥には、福祉の制度設計が、その人の生活感覚や尊厳とどう交差しているかが映っています。 普遍主義/選別主義という補助線を持っていると、こうした語りを個人の感情の問題としてだけではなく、制度設計の影響としても読みほぐすことができます。
結び
「みんなに同じだけ」と「必要な人に集中して」というふたつの設計思想は、福祉政策の根幹にある問いです。
どちらか一方が正しいわけではありません。 ですが、自分が住んでいる社会の福祉が、どちらの思想にどれくらい寄っているのかを知っておくことは、私たちが社会を考えるための、ひとつの基本だと思います。
参考資料
- R・ティトマス『社会福祉政策』
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「普遍主義と選別主義」
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】