はじめに
地方の小さな町で生まれ育って、20歳で東京に出てきた人が、5年後には別人のようになっている──。 誰もが多かれ少なかれ知っている、この「都市が人を変える」という感覚を、社会学のことばで分析した人がいます。
シカゴ学派の社会学者ルイス・ワース(Louis Wirth)。 今回取り上げるのは、彼のアーバニズム(urbanism)論と、その後の下位文化理論(subcultural theory)です。
1. アーバニズムとは何か
アーバニズムは、ひとことでいえば、
都市が都市である特性や、都市に特徴的な生活様式、ある場所の都市度合いを示す概念。
を指します(吉岡のノートより)。
ワースは、1938年の有名な論文「生活様式としてのアーバニズム」(Urbanism as a Way of Life)で、この概念を提示しました。 彼の発想で大事なのは、現実の都市そのものと、都市の生活様式としてのアーバニズムを、概念として分けて考えた点です。 都市とは、物理的な空間であるだけでなく、その空間が人々に強いる生活様式でもある──というのが、ワースの直観でした。
2. ワースが描いた、都市の生活様式
ワースのアーバニズム論は、人間生態学・社会組織・社会心理学の三つの側面から都市を捉えました。 彼の指摘した、都市の特徴を整理すると、次のようになります。
ひとつ目は、空間的凝離と社会移動。 都市では、住む場所、働く場所、遊ぶ場所が空間的に分離する。 人々は短期間で居住地や職場を変え、頻繁に動いていく。
ふたつ目は、社会組織のあり方の変化。 家族的連帯が弛緩し、近隣との結びつきが弱まる。 身分的階級制度が崩壊し、自発的集団(自分で選んで参加する集団)が次々に立ち上がる。 ホワイトカラーの労働者が増えていく。 第一次集団(→ #34)の関係が薄まり、第二次的接触の比重が大きくなる。
三つ目は、社会心理学的な変化。 他人に対して無関心な態度。アノミー(規範の弛緩)。非個性化。 ですが同時に、相対的な志向様式や、寛容的な態度も育つ。
ひとことで言えば、人は都市に住むことで、別の人になる──というのが、ワースの主張でした。
3. 下位文化理論への展開 ──フィッシャー
ワースの議論は、後の社会学者によって発展していきます。 そのひとつが、アメリカのクロード・フィッシャー(Claude S. Fischer)が提唱したアーバニズムの下位文化理論です。
フィッシャーは、ワースのアーバニズムを「人口の集中度」として再解釈しました。 そして、人口が集中することで何が起きるかというと、
さまざまな下位文化(サブカルチャー)が生み出される。
──これがフィッシャーの中心的な主張です。
なぜか。 人口10万人の町には、たとえばゴシック音楽のマニアが100人しかいないかもしれない。100人では、コミュニティを作るには少なすぎる。 ですが、人口1000万人の都市には、同じ割合だと1万人いることになる。1万人いれば、専門店、ライブハウス、雑誌、コミュニティが成立する。
つまり、都市は、地方では成立しないニッチな下位文化を、十分な「人口の絶対数」で支えてくれる場所だ、ということです。
ゴス、パンク、二次創作、特定ジャンルの研究会、LGBTQコミュニティ、特定の宗教のコミュニティ──。 こうした下位文化が花開くのは、都市のもつ人口の集中ゆえだ、というのがフィッシャーの見方です。
4. ワース vs フィッシャー ── 都市は人を孤立させるか、つながりを変えるか
ワースとフィッシャーは、似たテーマを扱いながら、トーンが少し違います。
- ワース:都市は、家族的連帯や近隣関係を弛緩させ、人々を孤立させる。アノミー的になる
- フィッシャー:都市は、伝統的な紐帯を弱めるかもしれないが、その代わりに選択的なコミュニティを可能にする
ワースの議論は、20世紀前半の、都市が破壊的だと感じられた時代を反映しています。 フィッシャーの議論は、もう少し肯定的に、「都市は別のかたちのつながりを生み出す」と捉え直したものです。
どちらが正しいかというより、両方の側面がある、と見るのが妥当でしょう。 都市は人を孤独にもするし、同時に、地方では出会えなかった仲間に出会わせてくれる場所でもあります。
5. インタビュー研究と、都市の経験
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかでも、都市の経験は、しばしば人生の転機として登場します。
- 「東京に出てきて、ようやく自分と同じような人に会えた」(下位文化理論的)
- 「都会では、誰も助けてくれないと感じた」(ワース的)
- 「実家のルールから離れたら、いろいろなことが軽くなった」
- 「都市の匿名性に助けられたところと、寂しいと感じたところと、両方ある」
これらの語りは、都市が人にもたらす光と影の両方を映しています。 アーバニズム論と下位文化理論の補助線を持っていると、「都市と地方のどちらが幸せか」という単純な二項対立を超えて、都市が個人にもたらす経験の質を細かく読みほぐすことができます。
結び
都市は、人を孤独にもするし、人をつなぎ直しもします。 このふたつの相反する顔は、20世紀初頭から、社会学が向き合い続けてきたテーマです。
ワースは、近代都市が人々から伝統的な絆を奪うことに、強い問題意識を持ちました。 フィッシャーは、それでも都市が新しい絆と文化を生み出すことに、希望を見出しました。
どちらか一方ではなく、両方の視点を持って、自分や誰かの「都市の経験」を聴く。 ここに、都市社会学のひとつの基本姿勢があります。
参考資料
- ルイス・ワース「生活様式としてのアーバニズム」(1938)
- クロード・S・フィッシャー『友人のあいだで暮らす』、アーバニズムの下位文化理論
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「アーバニズムと下位文化理論」
- 関連:第一次集団・第二次集団(#34)、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(#16)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】