はじめに
人が集まって何かをするとき、その集まり方は、決してひとつではありません。 家族や近所のつきあいと、会社や大学のつきあいは、明らかに性格が違う。
このふたつを社会学のことばで区別したのが、ドイツの社会学者フェルディナント・テンニース(Ferdinand Tönnies)でした。 今回取り上げるゲマインシャフト(Gemeinschaft)とゲゼルシャフト(Gesellschaft)です。
1. ゲマインシャフトとは何か
ゲマインシャフトは、ひとことでいえば、
地縁・血縁で結びつくコミュニティ、教会、小都市など、人間社会に古来からある在り方。
を指します(吉岡のノートより)。
家族、村落、近所付き合い、宗教共同体──。 そこで人と人を結びつけているのは、契約や利害ではなく、もっと深い本質意思(Wesenwille)と呼ばれるものだ、とテンニースは整理しました。
ゲマインシャフトの特徴を、いくつかの言葉で表せます。
- 個別主義:相手に応じて、基準を変えて対応する(家族にはこう、友人にはこう)
- 属性主義:その人がどういう出自・血筋・属性をもっているかで、関係や評価が決まる
- 濃密な感情の共有:泣くときも笑うときも、一緒に泣いて笑う
2. ゲゼルシャフトとは何か
その対概念がゲゼルシャフトです。
ゲゼルシャフトは、ひとことでいえば、
契約や利害に基づく、目的的・機能的な集まり方。会社、市場、近代国家、都市など、近代社会において優勢になっていく集まり方。
です。
ここで人と人を結びつけているのは、共通の目的、契約、機能的な役割分担です。テンニースはこれを選択意思(Kürwille)と呼びました。 ゲゼルシャフトの特徴は、ゲマインシャフトと逆向きです。
- 普遍主義:誰に対しても、同じルールを当てはめる(顧客にはこう、社員にはこう)
- 業績主義:その人が何を成し遂げたか、何ができるかで、関係や評価が決まる
- 役割を媒介した冷めた関係:感情を持ち込みすぎない、契約上の関係
3. 近代化の物語としての「ゲマインシャフト→ゲゼルシャフト」
テンニースは1887年の著作『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』で、この対比を提示しました。 そして近代化のプロセスを、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行として描こうとしました。
地縁・血縁で結びついていた村落共同体から、契約と利害で動く都市・市場・国家へ。 これは19世紀ヨーロッパが目の当たりにしていた、急激な社会変動そのものでした。
ただし、テンニースは「ゲゼルシャフトが進歩で、ゲマインシャフトが古臭い」と単純化したわけではありません。 むしろ、ゲマインシャフトが失われていくことの喪失感を、彼の議論は色濃く帯びていました。
4. 現代社会のなかの、ふたつの集まり方
ゲマインシャフトとゲゼルシャフトは、現代社会でも完全に分かれているわけではありません。 私たちは日々、両方を行き来しています。
- 家族のなかでも、お小遣いやお手伝いの労働対価のような、ゲゼルシャフト的な要素が入る
- 会社のなかでも、同期の絆や上司への思い入れのような、ゲマインシャフト的な要素が混ざる
このふたつの混ざり具合をどう設計するかは、職場、家族、地域、SNS、研究プロジェクトなど、あらゆる集まりで問われている問題です。
ソーシャルキャピタル論(#11)の「結束型/橋渡し型」も、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの議論の延長線上で読むことができます。
5. インタビュー研究と、ふたつの集まり方
Tapi在野研究ネットワークがインタビューで聴く語りには、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトのあいだの揺らぎが、たびたび顔を出します。
- 「実家の地縁が濃すぎてしんどい」
- 「会社の人間関係が冷たすぎてしんどい」
- 「家族なのに、お金の話が中心になっている」
- 「SNS のフォロワーと、ふしぎに本音で話せる」
──これらは、ゲマインシャフト的な期待とゲゼルシャフト的な期待が、混線して語られている瞬間です。 インタビュアーは、この語りのなかで、ふたつの集まり方がどう交錯しているかを丁寧に読みほぐすことができます。
結び
ゲマインシャフトとゲゼルシャフトは、もう130年以上前に提示された対概念です。 ですが、私たちが現代の人間関係に感じる温度差や違和感を、いまでも切れ味よく分節してくれます。
「人とどう集まるか」という古くて新しい問いを、社会学的に考えるための入口として、覚えておきたいことばです。
参考資料
- フェルディナント・テンニース『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887)
- タルコット・パーソンズによる類型論への発展
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「ゲマインシャフト 個別主義 属性主義」
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】