はじめに
社会学を学ぶと、ほぼ必ず出会う図があります。 4つのマスに「A・G・I・L」と並んだ、シンプルなマトリックス。 これが、20世紀社会学の代表的な分析枠組みAGIL図式です。
アメリカの社会学者タルコット・パーソンズ(Talcott Parsons)が、20世紀半ばに提示した、機能分析のための枠組みです。 社会学の試験では定番中の定番の概念ですが、その含意は深いものがあります。
1. AGIL図式とは何か
AGIL図式は、ひとことでいえば、
パーソンズが提唱した、機能分析のための枠組み。
を指します(吉岡のノートより)。
その発想は、こうです。
ひとつ目に、研究対象を、ひとつのシステムとしてみなす。 ふたつ目に、システムが存続するには、4つの機能的要件が充足される必要がある、と考える。 三つ目に、4つが充足されない場合は、構造変動が引き起こされている、という前提で分析を進める。
そして、その4つの機能的要件が、AGILの4文字に対応しています。
2. 4つの機能
AGILの4文字は、それぞれ次の機能を表します。
A:適応(Adaptation)
外部環境に対応し、必要な資源を獲得する機能。 社会で言えば、経済システムがこれを担う。
G:目標達成(Goal Attainment)
システムの目標を設定し、それを達成するための機能。 社会で言えば、政治システムがこれを担う。
I:統合(Integration)
システムの構成要素を、互いに調整し、まとまりを保つ機能。 社会で言えば、法システムや道徳がこれを担う。
L:パターン維持と緊張緩和(Latent pattern maintenance / tension management)
システムの基本的な価値・規範を、長期にわたって維持し、構成要素の緊張を緩和する機能。 社会で言えば、家族、教育、宗教がこれを担う。
これら4つの機能がすべて満たされていれば、システムは存続できる。 どれかが欠けると、構造変動(変革、崩壊、再編)が起きる──というのが、AGIL図式の基本的な発想です。
3. 個人から社会全体まで
パーソンズは、AGIL図式が、
- 個人(パーソナリティシステム)
- 集団
- 組織
- 社会全体
──のすべてに適用可能だと論じました。 スケールを問わず、システムであるなら、4つの機能的要件が必要だ、というわけです。
たとえば、ひとつの家族を考えると、
- A:稼ぐ、家事を回す(適応)
- G:教育方針、進路、家計の目標を立てる(目標達成)
- I:家族内の対立を調整する(統合)
- L:家族の価値観・しきたりを保ち、お互いを精神的に支える(パターン維持)
──といった機能が、それぞれ働いていることになります。
4. パーソンズの構造機能主義
AGIL図式は、パーソンズの構造機能主義(structural functionalism)の中核的な枠組みです。
構造機能主義は、20世紀半ばに、世界中の社会学を席巻した理論潮流でした。 社会を、
- 構造(structure):システムを構成する部分の配置
- 機能(function):それぞれの部分が果たす役割
──の組み合わせとして捉える発想です。
パーソンズは、これを抽象度の高い一般理論として打ち立てようとしました。 AGILは、その骨格となる枠組みでした。
5. AGIL図式への批判
AGIL図式は、影響力が大きかった分、強い批判も受けてきました。
ひとつ目は、抽象度が高すぎること。 どんな対象にも適用できるが、適用しても何が見えてくるのかが分かりにくい。
ふたつ目は、社会を単純化しすぎていること。 現実の社会は、AGILの4機能では捉えきれない複雑さを持っています。
三つ目は、保守的だという批判。 構造機能主義は、システムの「存続」を重視するあまり、社会変革や対立を軽視しがち、と批判されました。 1960年代以降のラディカルな社会学者(C・ライト・ミルズなど)は、この保守性を強く批判しました。
四つ目は、マートンによる修正。 パーソンズの弟子格であったロバート・K・マートン自身が、「中範囲の理論」(→ #117)を提唱して、パーソンズの壮大な一般理論を批判的に乗り越えようとしました。
これらの批判のなかで、AGIL図式は、20世紀後半には急速に影響力を失っていきました。 ですが、いまでも社会学の入門書には必ず登場する、古典的な枠組みです。
6. 現代から見たAGIL
AGIL図式は、現代の社会学では「そのまま使う」ことは、あまりありません。 ですが、その背後にある問題関心──「社会システムが存続するために、何が必要なのか」──は、いまも有効です。
特に、
- ある組織が、なぜうまく機能しないのか
- ある制度が、なぜ崩れていくのか
- ある社会が、なぜ変動しているのか
──を分析するときに、AGILの4機能を補助線にすることは、考察を整理するのに役立つことがあります。
7. インタビュー研究と、AGIL
TSIR のインタビュー研究は、AGILのような抽象的な分析枠組みを直接使うわけではありません。 ですが、ライフヒストリーを聴くときに、ひとりの人生のなかで、
- A:どうやって生活の資源を獲得してきたか(仕事、家計)
- G:どんな目標を立て、それを達成してきたか
- I:家族や職場のなかで、対立をどう調整してきたか
- L:価値観や信念を、どう保ってきたか
──といった軸で語りを整理してみると、人生の構造が立体的に見えてくることがあります。
これは、AGILの厳密な適用ではありませんが、その発想を使った聴き方です。
結び
AGIL図式は、20世紀半ばの社会学を象徴する、壮大な分析枠組みでした。 いまでは、その単純化のしかたへの批判も多いものの、社会学の基礎理論として、いまも参照され続けています。
「システムが存続するために、何が必要か」──。 このシンプルだけれど重い問いを、社会学のなかで明示的に立てた、その意義は大きいと、私は思っています。
社会学の教科書を開いて、AGILの4文字を見たら、それがたんなる図形ではなく、20世紀の社会学が背負ってきた大きな問いの痕跡だと、思い出してもらえたら嬉しいです。
参考資料
- タルコット・パーソンズ『社会体系論』(1951)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「AGIL図式」
- 関連:ホッブズ問題(#19)、中範囲の理論(#117)、方法論的集団主義(#94)、社会組織(#88)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】