はじめに

社会というのは、よく考えると、不思議なものです。 人それぞれが自分の利益を追求しているはずなのに、なぜ全体としては、ある程度の秩序が保たれているのでしょうか。

この問いを、社会学の中心問題として定式化したのが、アメリカの社会学者タルコット・パーソンズ(Talcott Parsons)でした。 今回取り上げるホッブズ問題(Hobbesian problem)です。

1. ホッブズ問題とは何か

ホッブズ問題は、ひとことでいえば、

功利的に行為する諸個人を前提として、いかにして社会秩序は可能か、という問題。

を指します(吉岡のノートより)。

名前のもとは、17世紀イギリスの哲学者トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes)。 彼は『リヴァイアサン』(1651)のなかで、自然状態を「万人の万人に対する闘争」(bellum omnium contra omnes)と描きました。

人間が、ただ自分の利益・自分の生存だけを目指して動くなら、世の中はあっという間に互いを傷つけ合う戦場になるはずだ──。 それなのに、なぜ実際の社会はそうなっていないのか。これがホッブズ問題です。

2. ホッブズ自身の答え:強力な主権者

ホッブズ自身の答えはシンプルでした。 人々が自分の自然権を国家(リヴァイアサン)に委ねる契約を結ぶことで、社会秩序が成立する、と。

私たちは「殴ってもいい権利」「奪ってもいい権利」を放棄して、その代わりに国家から守ってもらう。 この社会契約論的な解決は、近代政治哲学の出発点になりました。

ただし、社会学者はここでもう一歩踏み込みます。 「契約だけで本当に秩序は保てるのか?」 「契約を守らない人がいたら、契約自体が崩れるのではないか?」と。

3. パーソンズの定式化と、構造機能主義の出発点

20世紀のアメリカで、ホッブズ問題を社会学の中心問題として定式化したのが、パーソンズです。 彼は1937年の著作『社会的行為の構造』のなかで、この問題を出発点に置きました。

パーソンズの提案は、主意主義的行為理論(voluntaristic theory of action)でした。 ひとことでいえば、人々が自分の意志をもって、共通の目標に向かって行為するとき、社会秩序は自然に成立する、という見方です。

ここで重要なのは、目標が共通になるためには、共通の価値が必要だということです。 家族・宗教・教育・道徳──こうした文化的な仕組みを通じて、人々のなかに共通の価値が植え付けられる。 だから、人々はそれぞれの利益を追いつつも、結果として秩序を保つ方向に動く。

この発想が、20世紀半ばの社会学を席巻した構造機能主義の出発点になりました。

4. ホッブズ問題は、いまも生きている

「個人の自由」と「社会の秩序」を、どう両立させるか。 このホッブズ問題は、現代の私たちにも、形を変えて突きつけられています。

これらの「秩序の不思議」は、すべてホッブズ問題の延長線上にあります。 社会学は、価値、規範、制度、信頼、評判、サンクション(罰)など、さまざまな仕組みを使って、この問いに答えようとしてきました。

5. インタビュー研究と、ホッブズ問題

Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聴く語りのなかにも、ホッブズ問題的な瞬間がときどき顔を出します。

これらは、社会秩序が自然に存在しているのではなく、誰かの意志・誰かの抑制・誰かの沈黙によって支えられていることを示しています。

社会の秩序を「あって当たり前のもの」と見るのではなく、「日々誰かの行為によって保たれている、繊細なもの」と見る。 このまなざしが、社会学のひとつの基本です。

結び

「なぜ社会は崩壊しないのか」というホッブズ問題は、社会学の出発点であり、いまも問い続けられている問いです。

答えは、たぶんひとつではありません。 規範、価値、制度、感情、習慣、利害──それらが複雑に絡み合って、私たちの日常はかろうじて成り立っています。 このかろうじてさを、丁寧に観察することが、社会学のひとつの仕事だと、私は思っています。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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