はじめに
生命体は、外から作られたものではなく、自分で自分を作り続けている存在です。 そして、社会もまた、外から設計されたものではなく、自分で自分を再生産し続けるシステムかもしれない──。
この発想を、社会学・システム論のことばでオートポイエーシス(autopoiesis)と呼びます。 生物学から始まり、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)によって、社会理論の中核概念に位置づけられました。
抽象的で難しい概念ですが、現代社会を考える上で、極めて強力な補助線になります。
1. オートポイエーシスとは何か
オートポイエーシスは、ひとことでいえば、
生命体がいかに世界を認知観察しているかという、生命の本質を考察するための理論。生命体が「自律的な閉鎖系システム」であるという認識。
を指します(吉岡のノートより)。
語源は、ギリシャ語の
- auto(自己)
- poiesis(制作・産出)
──を組み合わせた造語で、「自分で自分を作る」という意味です。
定義をもう少し詳しく言うと、
生命システムが、自らを構成する要素を、自らで再生し、これによって循環的に自己を制作して維持していく仕組み。
2. 生物学からの出発
オートポイエーシスは、もともとチリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナ(Humberto Maturana)とフランシスコ・ヴァレラ(Francisco Varela)が、1970年代に提唱した概念でした。
彼らは、生命体の特徴を、
- 細胞は、自分で自分の構成要素(タンパク質、膜、DNAなど)を作り続けている
- 細胞は、外部の環境とエネルギーや物質を交換しているが、システムとしては自律的
- 細胞の境界(膜)を維持するのも、細胞自身
──と整理しました。 生命とは、「自分で自分を再生産し続ける」プロセスである、という見方です。
3. ルーマンによる社会理論への展開
このオートポイエーシス理論を、社会理論に持ち込んだのが、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンでした。
ルーマンは、近代以降の社会を、
- 政治システム
- 経済システム
- 法システム
- 教育システム
- 科学システム
- マスメディアシステム
- 宗教システム
──など、機能システムごとに分化した社会(機能分化社会)として捉え直しました。
そして、それぞれの機能システムが、
- 自分の独自のコミュニケーションを再生産している
- 外からの干渉に対しては閉鎖的
- ですが、外部の環境を観察し、自分のなかに取り込みなおすことはできる
──という、オートポイエーシス的なシステムだと位置づけたのです。
4. 機能分化社会の特徴
ルーマンが想定した近代国家は、
- 一元的な原理が存在しない
- 支配的な機能というものもない
- 脱中心的・多中心的な社会
──です。
たとえば、
- 政治システム:「与党/野党」というコードで動く
- 経済システム:「支払う/支払わない」というコードで動く
- 法システム:「合法/違法」というコードで動く
- 科学システム:「真/偽」というコードで動く
──それぞれが、自分の独自の論理で動いていて、互いに上下関係を持たない。 このような社会では、ある問題(たとえば気候変動)に対しても、政治、経済、法、科学がまったく違う仕方で処理することになります。
5. システム同士は、直接干渉できない
ルーマンの理論で、特に重要なのが「システム同士は、互いの内部で行われる作動に直接干渉できない」という主張です。
たとえば、政治システムと経済システムを取り上げてみましょう。 両者は、税によって関係づけられています。 ですが、
- 政策の実現可能性は、税収(経済システムの作動)に依存する
- しかし、政治システム内部でどのような政策が取られるかは、政治システム自身の作動の問題
つまり、経済が政治を決めるのでもなく、政治が経済を決めるのでもない。 それぞれが、自分の論理で動きながら、互いに「環境」として参照し合っている──。 これがルーマンの想定した、多元的で自律的な閉鎖系システムの世界です。
6. オートポイエーシスの含意
オートポイエーシスの理論は、現代社会を考える上で、いくつかの重要な含意を持ちます。
ひとつ目は、社会の脱中心化。 「国家」「資本」「理性」のような、社会全体を支配する単一の中心はもう存在しない。 多元的なシステムが、それぞれの論理で動いている。
ふたつ目は、外部からの介入の難しさ。 政治が経済を完全にコントロールすることはできない。 教育が労働市場を変えることもできない。 それぞれのシステムは、自分の論理で閉じている。
三つ目は、システムの自己進化**。 社会は誰かが設計したのではなく、システムが自分で自分を作り続けている。 だから、社会の変化を「個人の意志」や「国家の決定」だけで説明するのは難しい。
これらの視点は、マルクス主義や近代社会学の伝統とは、かなり違うものでした。 ルーマンの議論は、ハーバーマスやその他の社会学者と激しく対立しながら、20世紀後半の社会理論に大きな影響を与えました。
7. 批判と限界
ルーマンのオートポイエーシス論にも、批判はあります。
- 抽象的すぎる:実証研究との接続が難しい
- 個人の主体性の軽視:システムの自己再生産を強調しすぎて、人間が消えてしまう
- 規範的な視点の欠如:「こうあるべきだ」という社会変革への姿勢が弱い
特に、社会変革の理論を求める論者から見ると、ルーマンの理論は「そうなってる、ということを描いているだけ」と批判されることがあります。
それでも、現代社会の複雑性と多元性を捉える理論として、オートポイエーシスは強力な道具であり続けています。
8. インタビュー研究と、オートポイエーシス
TSIR のインタビュー研究は、量的研究ではないので、ルーマンの抽象的なシステム論をそのまま適用するわけではありません。 ですが、その発想は、質的研究にも示唆を与えます。
ひとりの語り手が、
- 仕事のシステム
- 家族のシステム
- 地域のシステム
- 趣味のコミュニティのシステム
──それぞれの中で、別の論理で動いている瞬間を聴くと、人生が単一の物語ではなく、複数の論理の交差点として立ち上がってきます。
「あの場では、こう振る舞うしかなかった」「ここでは別の自分が出てくる」──こうした語りは、まさに多元的なシステムのなかを生きる現代人の姿を映しています。
結び
オートポイエーシスは、生命の自律性から始まり、社会のあり方へと拡張されてきた、極めて射程の広い概念です。
現代社会は、もはや単一の中心では動かない。 多元的なシステムが、それぞれの論理で自己を再生産しながら、緩やかに絡まり合っている──。 このルーマンの世界観は、現代を生きる手応えに、独特の説明を与えてくれます。
「自分で自分を作り続ける」──。 このシンプルだけれど力強い発想を、生命にも、組織にも、社会にも、自分の人生にも、応用してみる。 そこから、新しい視点が開けてくるかもしれません。
参考資料
- ウンベルト・マトゥラーナ、フランシスコ・ヴァレラ『オートポイエーシス』(1973)
- ニクラス・ルーマン『社会システム論』(1984)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「オートポイエーシス」
- 関連:方法論的集団主義(#94)、機械的連帯(#28)、社会組織(#88)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】