はじめに
事実よりも感情が、データよりも信条が、政治を動かす──。 こうした現象を、21世紀のことばでポストトゥルース(post-truth)と呼びます。
オックスフォード英語辞典は、2016年の「今年の言葉」に post-truth を選びました。 それは、
- イギリスのEU離脱(ブレグジット)国民投票
- アメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプの勝利
──というふたつの政治事件を背景にした選定でした。 以来、ポストトゥルースは、現代の政治とメディアを考える上で、欠かせないキーワードになっています。
1. ポストトゥルースとは何か
ポストトゥルースは、ひとことでいえば、
政策の詳細や客観的な事実より、個人的信条や感情への訴えかけが重視され、世論が形成される政治文化。
を指します(吉岡のノートより)。
ポイントは、
- 事実がなくなったわけではない(科学的事実は依然として存在する)
- ですが、事実の重要性が薄れている(事実より、人々の感情や信念が政治を動かす)
──という点です。 真実が「ポスト」(〜の後)に追いやられた時代、という意味合いです。
2. ブレグジットとトランプ現象
ポストトゥルースという言葉が一気に広まった背景には、ふたつの大きな政治事件がありました。
2016年6月:イギリスのEU離脱国民投票(ブレグジット)
「EUへの拠出金が週3億5000万ポンド」「離脱すれば、その金額をNHS(国民保健サービス)に使える」──といった主張が、離脱派キャンペーンの中心に置かれました。 ところが、この数字は事実誤認・歪曲を含んでおり、後から多くのファクトチェックで否定されました。 ですが、投票結果はすでに離脱に決まっていた。 「事実は重要ではなかった、感情と物語が勝った」と評されました。
2016年11月:アメリカ大統領選挙でのトランプ勝利
トランプ候補の発言は、ファクトチェックで何度も「虚偽」と判定されていました。 ですが、有権者の多くは、それを問題にしませんでした。 「自分たちの感情と懸念に応えてくれる候補者」が選ばれた──。 これは、近代政治の前提を揺るがす出来事でした。
これらをきっかけに、**「事実ではなく感情が政治を動かす時代」**としての「ポストトゥルース」が、世界中に広まっていきました。
3. 日本でのポストトゥルース
日本でも、ポストトゥルースという言葉は、いくつかの事件を背景に注目されました。
特に2016年、医療情報をめぐるキュレーションサイト**「WELQ」事件**(DeNA)が大きな問題になりました。 医療や健康に関する根拠のあいまいな情報が、検索上位に表示され、多くの人に影響を与える。 これは、ポストトゥルース的な情報環境の問題として、強く議論されました。
4. なぜポストトゥルースが起きるのか
ポストトゥルースが現代社会で広がっている背景には、いくつかの構造的な要因があります。
ひとつ目は、SNSの拡大。 誰もが情報を発信できるようになった一方で、ファクトチェックの仕組みは追いついていない。 感情的・刺激的な情報のほうが、アルゴリズム上、拡散しやすい。
ふたつ目は、フィルターバブルとエコーチェンバー。 似た意見の人ばかりがつながり、異なる意見が見えにくくなる。 「みんなが信じている(と感じる)」ものが、客観的事実より強くなる。
三つ目は、既存の権威への不信。 マスメディア、専門家、政府──こうした「事実を提供してきた権威」への信頼が、低下している。 代わりに、「自分の感覚」「信頼できるインフルエンサー」が、判断の根拠になっていく。
四つ目は、経済格差・社会不安。 グローバル化と新自由主義のなかで、不安と怒りを抱える層が広がった。 こうした感情を、ポピュリズム的な政治が動員する。
これらが組み合わさって、ポストトゥルースの政治文化が広がっていきます。
5. 沈黙の螺旋・予言の自己成就との接続
ポストトゥルースは、これまでの社会学の概念とも、深くつながっています。
- 沈黙の螺旋(→ #116):少数派が沈黙し、多数派の声だけが大きくなる
- 予言の自己成就(→ #115):根拠のない情報が、現実を作ってしまう
- 送り手・受け手研究(→ #44):受け手のデコーディングが、メディアの効果を決める
これらの議論を踏まえると、ポストトゥルースは「新しい現象」というより、社会学が長く扱ってきた問題が、SNS時代に加速したかたちとして読むことができます。
6. 「事実」自体の社会的構築性
ここで、ひとつ慎重に考えたいことがあります。 ポストトゥルースを批判するとき、私たちは「事実は揺るがない」という前提を立てがちです。 ですが、社会構築主義(→ #09)の議論は、
- 「事実」もまた、特定の社会的な手続きで作られている
- 何を「事実」と認めるかは、権威や制度に依存する
──と論じてきました。 たとえば、過去にはタバコの害が「事実」ではなかった時代もあれば、地動説が「異端」とされた時代もありました。
ですから、ポストトゥルースの議論は、「事実 vs 嘘」の単純な対立ではなく、「事実の社会的成立そのものが脆くなっている時代」として、より深く考える必要があります。
7. ポストトゥルース時代の社会学
ポストトゥルースの時代に、社会学はどう関わるべきか。 いくつかの方向があります。
- ファクトチェックの社会的支援
- メディアリテラシー教育の拡充
- 公共圏(→ #18)の再生
- 多様な意見を受け止める対話の場づくり
- 感情と事実の両方を扱える政治の構想
これらは、いずれも時間のかかる仕事です。 ですが、ポストトゥルース的な動きに「正しさで対抗する」だけでは、変化は起きないことが、これまでの経験から見えています。
8. インタビュー研究と、ポストトゥルース
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、ポストトゥルースの手応えは、しばしば登場します。
- 「ニュースを見ても、何を信じればいいかわからない」
- 「SNSの情報のほうが、テレビより信頼できる気がする」
- 「自分の感覚は、データより正しいと思うときがある」
- 「専門家の言うことが、本当に正しいのか疑問になった」
これらの語りを「個人の情報リテラシーの問題」に閉じてしまうのは、簡単です。 ですが、ポストトゥルースの補助線を持つと、こうした感覚が広がっている時代の構造的な動きとして読み解けるようになります。
結び
ポストトゥルースは、現代政治・メディアの最大級の問題のひとつです。
「事実が大事」と言うだけでは、この時代は乗り越えられません。 人々がなぜ感情や信条を優先するのか、その背景にある不安・怒り・不信は何か──。 そこに向き合うことから、ポストトゥルース時代の社会学が始まります。
「事実」と「感情」のどちらか一方ではなく、両方を真剣に受け止める政治と対話のかたち──。 これが、いまの私たちが探さなければならない、難しい課題です。
参考資料
- オックスフォード英語辞典「今年の言葉 post-truth」(2016)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「ポストトゥルース」
- 関連:沈黙の螺旋(#116)、予言の自己成就(#115)、社会構築主義(#09)、公共圏(#18)、メディオロジー(#55)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】