はじめに

テレビニュース、新聞、SNSの投稿、YouTube動画、広告──。 私たちは毎日、おびただしい量のメッセージを受け取っています。 これらは、誰がどう作っていて、私たちはどう受け取っているのでしょうか。

メディア研究のなかでもっとも基本的な対概念が、今回取り上げる送り手研究(sender research)と受け手研究(audience research)です。

1. 送り手とは何か

送り手とは、メディアのメッセージを作って発信する側です。 具体的には、

送り手研究では、こうした「発信する人々」を対象にして、

──といった、さまざまなアプローチで研究が行われてきました。

2. 受け手とは何か

受け手とは、メディアのメッセージを受け取る側です。 新聞の読者、テレビの視聴者、SNSのフォロワー、ラジオのリスナー、YouTubeの視聴者──。

受け手研究では、

──といった、さまざまな立場が並びました。 古くは、実験的・数量的な調査が中心でしたが、後にカルチュラルスタディーズの影響で、受け手が置かれた社会的文脈を重視する質的研究の重要性が認識されるようになります。

3. エンコーディング/デコーディング ──ホールの貢献

メディア研究に革命を起こしたのが、カルチュラルスタディーズの中心人物スチュアート・ホール(Stuart Hall)でした。 彼は1970年代に、エンコーディング/デコーディング・モデルという枠組みを提示しました。

ここで重要なのは、エンコーディングとデコーディングが、必ずしも一致しないということです。 送り手が意図した意味を、受け手がそのまま受け取るとは限らない。 受け手は、自分の社会的位置・文化・経験から、メッセージを再解釈することができる──というのが、ホールの強調点でした。

4. デコーディングの3つの立場

ホールは、受け手のデコーディングを、3つの立場に整理しました。

ひとつ目は、支配的位置(dominant position)。 送り手の意図した解釈を、そのまま受け取る立場。 たとえば、ニュースの「公式見解」を、そのまま正しいと受け取る視聴者。

ふたつ目は、折衝的位置(negotiated position)。 送り手の解釈を一部認めながらも、自分自身の経験や立場から、部分的に修正して受け取る立場。 「報道の主旨はわかるけど、自分の地域では事情が違う」と感じるような受け取り方。

三つ目は、対抗的位置(oppositional position)。 送り手の解釈とは正反対の立場から、メッセージを受け取る立場。 「このニュースは、自分たちの側からはまったく違って見える」と受け取るような態度。

この3つの整理によって、ホールは、受け手は受動的な存在ではなく、能動的にメッセージを解釈する存在だということを、はっきりと位置づけました。

5. メディアに触れる行為は、能動的でもある

ホールのモデルが示しているのは、

メディアに触れる行為は、メディアの送り手に従う受動的な態度だけではなく、能動的で自由な態度でもある

ということです。

私たちはふだん、テレビやSNSのメッセージを「ただ受け取っている」と感じがちです。 ですが、実際には、自分の経験・立場・価値観に照らして、たえずメッセージを評価し、選別し、再解釈しています。 ある投稿に「いいね」を押すか押さないか、ある報道を信じるか疑うか──。これらすべてがデコーディングの作業です。

6. インタビュー研究と、デコーディング

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、デコーディングの3つの位置は、しばしば顔を出します。

語り手がメディアのメッセージをどの位置で受け取っているかを観察すると、その人の社会的立場、価値観、経験のかたちが見えてきます。 メディア消費の話は、たんなる「ニュースの感想」ではなく、その人の社会的位置の手がかりでもあるのです。

結び

送り手と受け手の関係を、「発信する側と受動的に受け取る側」と単純化して見ると、現代のメディア環境は理解できません。

スチュアート・ホールが示したエンコーディング/デコーディングの枠組みは、私たちが日々メディアと向き合うときの、能動的な姿勢を支えてくれます。

「私はいま、このメッセージを、どの位置からデコードしているのか」──。 そう一拍置いてみることが、情報の海を泳ぐためのひとつの作法だと思います。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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