はじめに

「これは社会の現実だから、仕方ない」 「自然のことだから、変えようがない」

──私たちは日常のなかで、こんな言い方で物事を片づけることがあります。

社会学のなかには、こうした「自然なリアリティ」「客観的な事実」とされるものに対して、「本当にそうなの?」と懐疑的に問い直す立場があります。 それが、今回取り上げる社会構築主義(Social Constructionism)です。

1. 社会構築主義とは何か

社会構築主義は、ひとことでいえば、

社会現象というリアリティに対して懐疑的であり、むしろそれらが社会関係の中で生み出されていく過程の研究を重視する、社会学のアプローチ。

を指します(吉岡のノートより)。 1970年代から本格的に展開されました。

ベースには、#04 で取り上げた現象学的社会学の流れがあります。シュッツの流れを汲むバーガーとルックマンの『現実の社会的構成』(1966年)が、ひとつの直接的なルーツです。

2. 何を「構築されている」とみなすのか

社会構築主義の発想を、ひとつだけ例で説明します。

たとえば「社会問題」。 社会問題とは何か。これは、客観的に存在する困りごとの数のことだろう、と素朴には思われがちです。 ですが社会構築主義の立場は、もう一歩踏み込んでこう問います。

その困りごとが「社会問題」として人々に注目され、メディアに取り上げられ、政府の議題になる過程──そこにはいくつもの社会的なやり取りがある。 つまり、社会問題は、客観的な問題の数だけで決まるのではなく、人々がそれを「問題だ」と訴え、注目を集める過程(クレーム申し立て)を通じて構築されている

吉岡のノートにもあるように、「社会問題=人々の注目を集めるクレーム vs 国家の資源の問題」という見方の対比です。

これは、社会問題に限らず、いろんなことに応用できます。

社会構築主義は、「あらかじめ自然な事実として与えられている」とされがちなものの、出来かたを問い直す立場です。

3. 科学そのものも構築されている:SSK

社会構築主義のラディカルな延長線上には、SSK(Sociology of Scientific Knowledge/科学的知識の社会学)という分野もあります。

SSKが扱うのは、

──こうしたテーマです。

「科学的事実」もまた、研究者コミュニティのやり取りや論争、合意形成を通じて構築されていく社会的な営みだ、という見立てです。 これは、科学を相対化したいのではなく、科学の出来かたを社会学的に丁寧に見たい、という立場と理解するのが正確です。

4. インタビュー研究と、社会構築主義

社会構築主義の発想は、Tapi在野研究ネットワークのインタビュー研究と深く重なります。

たとえば「子どもを持つ理由・持たない理由」というテーマで聴いた語りのなかには、

──といった規範的な感覚が、たびたび顔を出します。

これらを「自然な事実」「昔からそうだったもの」として受け流すのではなく、「この規範はどう作られ、どう保たれてきたのか」を問い直すことができる。 それが、社会構築主義的な聴き方です。

ひとりの語りから、規範の出来かた、変わり方、揺らぎかたを読み取っていく── ここに、ライフヒストリー法と社会構築主義が出会う場所があると、私は考えています。

5. 注意点:「全部構築だ」になりすぎない

社会構築主義は強力なレンズですが、使い方を間違えると、

「すべては社会的に構築されたものなのだから、現実なんてない」

という極端な相対主義に滑ってしまう危険もあります。

そこにはたしかに身体的な痛みも、経済的な困窮も、医学的な事実もある。 構築主義は、それらを否定するのではなく、「自然」と扱われがちなものの社会的な側面を見えるようにするためのレンズです。

このバランスを忘れずに、慎重に使う言葉だと、私は受け止めています。

結び

社会構築主義は、Tapi在野研究ネットワークが「ひとりの語りから社会の輪郭を読み取る」と言うときの、もうひとつの拠り所です。

語りのなかにある「あたりまえ」を、あたりまえのまま通り過ぎない。 そこに作られてきた歴史と関係を見ようとする。

これが、社会学的にインタビューする、ということの大きな一面です。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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