はじめに

20世紀の政治は、しばしば「資本主義 vs 社会主義」という二項対立で語られてきました。 ですが、20世紀末になると、世界はもはやこの単純な対立では動かなくなっていました。

そこに、もうひとつの選択肢を提示しようとした政治思想があります。 今回取り上げるのは、第三の道(Third Way)です。 イギリスの社会学者アンソニー・ギデンズ(Anthony Giddens)の理論を背景に、ブレア政権(英国)やクリントン政権(米国)が実践した、20世紀末の政治潮流です。

1. 第三の道とは何か

第三の道は、ひとことでいえば、

資本主義(第一)でも社会主義(第二)でもない、3つ目の選択肢として国のあり方を構築しようという考え方。

を指します(吉岡のノートより)。

ギデンズが20世紀末に唱えた第三の道は、

社会主義が、資本主義の対立項としての役割をもはや果たしていないことを認めた上で、再帰的近代において、古典的な社会民主主義の中道左派的社会政策を取り入れつつ、新自由主義の中道右派的市場原理主義も取り入れようとする政治のあり方。

として整理されます。 「ラディカルな中道」とも呼ばれました。

2. なぜ「第三の道」が必要になったのか

20世紀末の政治状況を、もう少し丁寧に整理しておきます。

ギデンズにとって、第一の道・第二の道は、

──を指しました。 資本主義そのものは前提として、その内側に立ち上がってきたふたつの政治路線です。

ですが、ギデンズは、

──と診断しました。 だから、両者の良いところを取り入れた、新しい道が必要だ──というのが、彼の主張でした。

3. 具体的な政策方向

第三の道が掲げた、具体的な方向性は次のようなものです。

これらは、

──の両方を、同時に追求しようとするものでした。 コンセプトとして提示されたのが「民主主義の民主化」というキーワードです。

4. ブレア政権とクリントン政権

第三の道は、思想だけで終わったわけではありません。 20世紀末から21世紀初頭にかけて、実際に英米の政権で実践されました。

英国: イギリス労働党のブレア政権(1997年〜2007年)が、第三の道を政治路線として採用。 旧来の労働党の社会民主主義路線に、サッチャー流の市場原理主義路線を部分的に取り入れたニューレイバーとして知られます。

米国: クリントン民主党政権(1993年〜2001年)が、レーガノミクスへの対抗として、クリントノミクスを展開。 財政赤字の削減と社会政策の組み合わせは、第三の道の系譜のなかにあります。

これらは、ヨーロッパの他の社会民主主義政党にも広がり、中道左派の政治路線の総称として、第三の道は世界中に広がりました。

5. 「第三の道」の系譜

「第三の道」という言葉自体は、20世紀末のギデンズの専売特許ではありません。 歴史的には、いくつもの「第三の道」が提唱されてきました。

このように、「両極の中間」を目指す政治の名前として、「第三の道」は繰り返し使われてきました。

6. ギデンズの近代論との接続

第三の道の背景には、ギデンズの近代論があります。 彼は、近代を次の4つの視点から捉えました。

そして、現代を「モダニティのもたらした帰結が、これまで以上に徹底化し、普遍化していく時代」と位置づけました。 これが再帰的近代化(→ #112 リスク社会)の議論につながります。

再帰的近代化のなかで、

──こうした状況において、20世紀型の社会民主主義も、新自由主義も、十分に対応できない。 第三の道は、この新しい時代に適応した政治のかたちを模索する試みでした。

7. 第三の道の限界

第三の道は、世界中で大きな影響を与えましたが、批判も多くありました。

特に2010年代以降、英米の中道政治は弱体化し、ポピュリズム(→ #120 ポストトゥルース)の台頭を許してしまいました。 第三の道は、20世紀末の特定の状況下で機能した路線であり、いまも有効な普遍的な処方箋ではないかもしれない──というのが、現代からの評価のひとつです。

8. インタビュー研究と、第三の道

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、第三の道的な政策の影響は、しばしば登場します。

これらは、第三の道の時代に作られた制度や、その後の路線変更が、人々の暮らしにどう影響しているかを示しています。

結び

第三の道は、20世紀末の英米欧の政治を動かした、大きな思想潮流でした。

「自由」と「公正」、「市場」と「連帯」を、ふたつとも掲げる挑戦。 それは、半ば成功し、半ば挫折しました。 ですが、その問題関心──「新自由主義でも、古典的社会主義でもない、第三の道はあるのか」──は、いまもなお開かれている問いです。

ポピュリズムや権威主義が広がる現代のなかで、もういちど「第三の道」を、別のかたちで構想していく必要があるのかもしれません。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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