ひとことで言うと
数字に変換される前の、生のことば・場面・記録のことです。インタビューの語り、観察ノート、日記、写真、議事録、SNSの投稿などが含まれます。
定義
質的データとは、量的データ(quantitative data)の対概念として用いられる言葉で、数値ではなく言語・記述・映像・音声などの形をとり、意味の解釈を通じて分析される素材を指します。インタビュー記録、フィールドノーツ、文書資料、視覚資料、対話・会話のトランスクリプトなどが代表例です。
「質的」という形容は、データそのものの性質ではなく、どのような分析の手続きを通じてそのデータを扱うかにかかっています。同じインタビュー記録でも、出現語数や感情語の頻度として処理すれば量的分析になり、語りの構造や意味の重層性を読むなら質的分析になります。
文脈と歴史
社会学・人類学の歴史をさかのぼれば、研究の原点はむしろ質的データの収集と記述にあったと言えます。20世紀初頭のシカゴ学派、マリノフスキーらの民族誌、戦後の地域社会調査などは、語り・観察・文書を読み込む研究実践の蓄積でした。
20世紀後半に統計的調査法が高度化したことで「質的/量的」の区別が前景化し、質的データに固有の方法論的課題(コーディング、解釈の妥当性、研究者のリフレクシビティなど)が議論の対象となりました。近年はQDA(Qualitative Data Analysis)ソフトウェアの普及、ミクスト・メソッズの議論を通じて、両者の関係はより柔軟に捉えられるようになっています。
主要な論点
1. 「データ」と「素材」の境目
インタビューの録音そのものはまだ「素材」であり、書き起こし、整理、コーディングといった研究者の介在を経て初めて分析可能な「データ」になります。質的研究では、この変換のプロセス自体が研究の質に深く関わるため、トランスクリプトの作り方や記号化のルールが論点になります。
2. 妥当性と信頼性の捉え直し
量的研究で重視される「再現性」「客観性」と同じ基準を、そのまま質的データに適用することはできません。代わりに、データの厚み、文脈の明示、解釈過程の透明性、複数資料による相互参照(トライアンギュレーション)といった質的研究固有の評価軸が議論されています。
3. デジタル化と質的データ
SNSの投稿、メッセージのやりとり、配信プラットフォーム上の言葉など、デジタル空間に蓄積される膨大な質的データをどう扱うかは、現代の質的研究にとって新しい課題です。倫理的配慮、文脈の保存、自動分析と精読のバランスといった論点が浮上しています。
TSIRの研究との関わり
TSIRのインタビュー研究では、対話の録音と書き起こし、補助的な質問紙への自由記述、関連資料の収集など、複数の形態の質的データを束ねて扱っています。たとえば「子どもを持つ理由・持たない理由」では、インタビュー本文だけでなく、アンケートの自由記述欄に書かれた言葉も、量的処理と並行して質的データとして参照しています。
また「発達障害に関するインタビュー」では、現場で蓄積されてきた経験的記録、関係者の語り、教育・福祉に関する公的資料を組み合わせ、複数の角度から事例を理解する質的データの扱い方を試みています。
関連する用語
参考文献・参考資料
- 佐藤郁哉『質的データ分析法』(新曜社, 2008)
- ウヴェ・フリック『新版 質的研究入門』(春秋社, 2011)
- 盛山和夫『社会調査法入門』(有斐閣, 2004)
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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