ひとことで言うと
ある特定の人・集団・出来事・組織を、それが置かれている社会的文脈のなかで深く調べ、そこから理論的な含意を引き出していく研究のやり方です。「N=1」あるいは「Nが小さい」ことを、欠点ではなく方法上の特徴として活かします。
定義
事例研究法とは、現実の文脈のなかで生起している個別の事例を、複数の資料(インタビュー、観察、文書、記録、関係者の語りなど)を用いて多面的に記述し、そこから一般的な理論的含意を引き出していく研究のアプローチです。
扱われる「事例」は、個人の人生、ある家族の経過、組織の意思決定過程、特定の出来事、地域社会、政策事例など多岐にわたります。事例の選択は、無作為抽出ではなく、研究関心に照らした理論的サンプリングに基づいて行われるのが通例です。
文脈と歴史
事例研究の系譜は、20世紀初頭のシカゴ学派にさかのぼります。トーマス & ズナニエツキの『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』をはじめ、移民、貧困、逸脱などを当事者に即して記述する研究が積み重ねられてきました。社会人類学のフィールドワーク、臨床心理学のケース研究、経営学・教育学のケース・スタディもそれぞれ独自の系譜を持っています。
1980年代以降、ロバート・K・イン(Robert K. Yin)らによって事例研究法の方法論的整理が進み、「説明的・記述的・探索的」といった事例研究の類型化や、複数事例研究(multiple-case design)の議論が体系化されました。質的研究のなかで、事例研究法は単なる「逸話の集積」ではなく方法論的に位置づけられた接近として確立しています。
主要な論点
1. 一般化(generalization)の問題
「一つの事例から何が言えるのか」という問いは、事例研究法に常につきまといます。これに対して事例研究法は、統計的一般化ではなく分析的一般化(analytic generalization)を目指す立場をとります。事例の記述から、より広い文脈にも適用しうる理論的な命題や概念を引き出す、という方針です。
2. 事例選択の根拠
どの事例を取り上げるかは、研究全体の妥当性を左右します。極端な事例、典型的な事例、反証となる事例(deviant case)など、選択の論理を明示することが求められます。事例の独自性をどう扱うかは、研究の問いに照応した判断になります。
3. 記述の厚み(thick description)
ギアーツが強調した「厚い記述(thick description)」は、事例研究法の核となる発想です。出来事の表層を記述するだけでなく、行為者にとってそれが何を意味しているのか、どのような社会的・文化的文脈に埋め込まれているのかを併せて描き出すことで、事例は単なる事実の羅列を超えて分析的素材になります。
4. 事例研究と他の質的方法の関係
事例研究法は、ライフ・ヒストリー法、エスノグラフィー、ナラティブ・アプローチなどと重なり合いつつ用いられます。「事例」を生きる個人の語りに焦点を絞ればライフ・ヒストリー寄り、組織や場の振る舞いに焦点を絞ればエスノグラフィー寄り、というように、研究関心に応じて他の方法と組み合わされます。
TSIRの研究との関わり
TSIRが進めているインタビュー研究は、いずれも一定の意味で事例研究的な接近を取っています。「子どもを持つ理由・持たない理由」インタビューでは、対象者一人ひとりの選択を、その人の生活史・関係性・社会的文脈のなかに位置づけて記述することを重視しています。
また、「発達障害に関するインタビュー」プロジェクト(TABU-01)も、特別支援教育の現場で長く関わってきた個別事例を、制度・地域・家族・学校文化の交差点として読み解いていく事例研究的な性格を備えています。事例研究法は、TSIRがインタビュー研究を社会学的な分析につなげていくうえでの方法論的な土台のひとつです。
関連する用語
参考文献・参考資料
- ロバート・K・イン『ケース・スタディの方法(第2版)』(千倉書房, 1996)
- クリフォード・ギアーツ『文化の解釈学』(岩波書店, 1987)
- 佐藤郁哉『質的データ分析法』(新曜社, 2008)
- 盛山和夫『社会調査法入門』(有斐閣, 2004)
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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