用語分類:社会政策 監修:吉岡詩織 最終更新:2026-05-09
新しい社会的リスク(new social risk)とは、産業社会型のリスク(失業・労災・老後の所得保障など)とは異なり、ポスト工業化・サービス経済化・家族の個人化のなかで生じる育児・介護・教育・スキルの陳腐化・ワーキングプアなどのリスク群を指す概念です。社会政策学・福祉国家論の現代的論点のひとつです。

ひとことで言うと

戦後の福祉国家が想定していた「失業や老後の貧困」とは違って、現代の社会では「育児や介護、不安定な働き方、子どもの教育」のような、新しい種類の生活上のリスクが大きくなっている、という議論です。

定義

新しい社会的リスク論は、ピーター・テイラー=グービー、ジュゼッペ・ボノーリらが2000年代に体系化した枠組みです。戦後福祉国家の制度設計が前提としていた男性稼得者中心の家族安定した製造業雇用のモデルが、ポスト工業化・サービス経済化・個人化のなかで動揺し、新しい類型のリスクが浮上してきたと指摘されました。

代表的な新しい社会的リスクには、(1)育児や介護のケア責任と就労の両立困難、(2)非正規雇用・ワーキングプア、(3)スキルの陳腐化と再教育の必要、(4)ひとり親世帯の経済的脆弱性、(5)若年層の不安定な人生設計などがあります。

文脈と歴史

20世紀後半の福祉国家は、製造業の安定雇用と専業主婦による家庭ケアを暗黙の前提にしていました。1970年代以降の産業構造の変化(脱工業化)、女性の労働参加、家族の個人化が進むにつれて、この前提が崩れ、従来の社会保障制度では対応しきれないリスクが顕在化してきました。

新しい社会的リスク論は、ヨーロッパの社会政策論議(特にEUの社会的投資戦略)と関連しながら発展しました。日本でも2000年代以降、ワーキングプア、非正規雇用、ひとり親家庭の貧困、ヤングケアラー問題などの議論を通じて、本概念は社会政策研究の重要な参照枠となっています。

主要な論点

1. 古いリスクと新しいリスクの関係

新しい社会的リスクは、古いリスク(失業、貧困、老後)を置き換えるのではなく、それらと重層的に存在します。古いリスクへの対応(年金・医療・失業保険)と新しいリスクへの対応(育児支援・介護支援・職業訓練)の双方をどう設計するかは、現代の福祉国家の中心課題です。

2. 個人化との関わり

新しい社会的リスクの多くは、家族・地域・職場といった集団が分担していたリスクが個人に集中する個人化の進展と関わっています。育児・介護のケア責任が家族の中の特定の個人(多くは女性)に集中する構造は、新しい社会的リスクの典型例です。

3. 社会的投資という対応

ヨーロッパでは、新しい社会的リスクへの対応として「社会的投資(social investment)」の枠組みが提起されました。教育、保育、職業訓練といった人的資本への投資を通じてリスクを減らすという発想です。日本での適用可能性は、依然として論議が続いています。

TSIRの研究との関わり

TSIRのインタビュー研究は、新しい社会的リスクの諸側面と直接的に関わっています。「子どもを持つ理由・持たない理由」では、出産・子育てをめぐる選択が、仕事との両立の困難経済的な不安育児支援の脆弱さといった新しい社会的リスクの構造のなかで形成されていることが、繰り返し語りに表れます。

また、「発達障害に関するインタビュー」では、特別支援教育・療育・福祉サービスの利用をめぐる家族の負担が、新しい社会的リスクの典型的な現れとして観察できます。新しい社会的リスクの枠組みは、TSIRが個別の語りを社会政策的な文脈に位置づけ直すうえでの重要な道具です。

関連する用語

参考文献・参考資料

※ 参考文献は順次追加・整理していきます。

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