ひとことで言うと
「家がそうだから」「みんながそうだから」といった伝統的な指針が弱まり、人生の重要な選択を一人ひとりが引き受けて組み立てるようになる、社会の流れのことです。
定義
個人化とは、近代後期において、家族・地域・階級・性別役割といった伝統的な所属が個人の人生を規定する力を弱め、個人が自らの人生を組み立てる主体(biographer)として位置づけられるようになる社会的傾向を指します。
ベック夫妻はこれを「自分自身の人生を生きるよう強いられる」状況として描きました。個人化は単なる自由の拡大ではなく、選択しないことが選択肢として成立しなくなるという強制的な性格を帯びている、という指摘が重要です。
文脈と歴史
個人化論は、1980年代後半から1990年代にかけて、ベック『危険社会』、ベック=ゲルンスハイム『家族のための愛を超えて』、ギデンズ『近代とアイデンティティ』などを通じて、第二の近代論・再帰的近代化論の枠組みのなかで展開されました。
産業社会の標準化された人生(典型的には男性稼得者を中心とした家族・労働モデル)が動揺するなかで、結婚・出産・職業選択・健康・人間関係のあらゆる領域が個人の判断に委ねられるようになる──これが個人化が描こうとしている社会変動の核心です。
主要な論点
1. 個人化と新しいリスク
個人化が進行する社会では、生活上の選択肢が増えると同時に、リスクが個人に集中します。雇用の不安定化、家族関係の脆弱化、健康の自己管理など、かつて家族・職場・地域が分担していたリスクが個人の肩にかかる傾向が強まります。新しい社会的リスク論はこの問題を重要なテーマとしています。
2. 制度化された個人主義
ベックは、現代の個人化が制度化された個人主義(institutionalized individualism)であると論じました。社会保険、教育制度、労働法、税制などのあらゆる制度が、家族や集団ではなく個人を単位として設計されることで、人々はますます個人として行動することを促されます。
3. 個人化批判と再考
個人化論は、家族や集団の重要性を過小評価しているという批判も受けてきました。実際には、個人化が進む社会でも、家族・友人・コミュニティとのつながりは重要な役割を果たし続けており、両者の関係をどう捉えるかは現代家族社会学の中心的な論点です。
TSIRの研究との関わり
TSIRの「子どもを持つ理由・持たない理由」インタビューでは、対象者がしばしば「子どもを持つかどうかは、結局自分たち次第」という語り方をします。これは、伝統的な家族規範や周囲の期待が完全に消えたわけではないにせよ、最終的な選択は個人に帰属するという個人化的な感覚が深く浸透していることを示しています。
「仕事・育児をしながら創作をする理由」プロジェクトもまた、創作という制度化されにくい活動を、自身の人生のなかで意味づけ直していく語りを集めるという意味で、個人化の文脈と深く関わっています。
関連する用語
参考文献・参考資料
- ウルリッヒ・ベック『危険社会』(法政大学出版局, 1998)
- ウルリッヒ・ベック & エリーザベト・ベック=ゲルンスハイム『個人化の社会学』(ミネルヴァ書房, 2022)
- アンソニー・ギデンズ『近代とアイデンティティ』(ハーベスト社, 2005)
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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