ひとことで言うと
「人は経験を物語の形で意味づける」という前提に立ち、その物語そのものを分析対象にする研究のスタイルです。
定義
ナラティブ・アプローチは、人間が経験を整理・意味づけ・他者に伝える際に用いる物語的な様式に着目し、語りの構造(時間順序、登場人物、転機、解釈枠組み)と、その語りが社会的に果たす機能を分析する立場です。
ジェローム・ブルーナーは、人間の認識様式に「論理科学的様式」と並ぶ物語様式(narrative mode)があると論じ、ナラティブ・アプローチに大きな影響を与えました。語りは事実の伝達手段であるだけでなく、自己と世界を意味づける根源的な様式として位置づけられます。
文脈と歴史
ナラティブ・アプローチは、1980年代以降の言語論的転回・解釈論的転回・社会構築主義の流れのなかで、人文社会科学の各領域に広がりました。文学理論の物語論(narratology)、心理学の自己物語論、臨床におけるナラティブ・セラピー、医療人類学のイルネス・ナラティブなど、多様な実践・理論を含みます。
社会学の領域では、ライフ・ストーリー研究と密接に関わりつつ、語りを個人と社会のあいだを媒介する装置として捉える視点が広がっています。語り手は社会のなかで利用可能な物語のレパートリー(プロット)を借りながら、自己と経験を編成しているからです。
主要な論点
1. 「語る」ことの社会的機能
語ることは、単に情報を伝達するだけでなく、自分は何者かを位置づけ、他者との関係を結び、共同体に参加する行為でもあります。ナラティブ・アプローチは、語りを社会的行為として捉え、その効果を分析の対象にします。
2. ドミナント・ストーリーとオルタナティブ・ストーリー
社会には支配的な物語(ドミナント・ストーリー)が流通しており、それに沿って自己を語ることが期待されることがあります。ナラティブ・セラピーなどの臨床的実践は、このドミナント・ストーリーの外側にあるもうひとつの物語を共同で立ち上げるアプローチを開発してきました。
3. ナラティブと身体・感情
近年は、語りが身体感覚・感情とどう結びついているかを問う研究も増えています。語りえないこと、語りのなかの沈黙、身体に刻まれた経験などをいかに分析の射程に含めるかが、ナラティブ・アプローチの新しい論点となっています。
TSIRの研究との関わり
TSIRのインタビュー研究は、ナラティブ・アプローチに親和的な姿勢で設計されています。たとえば「仕事・育児をしながら創作をする理由」では、語り手が自身の創作活動をどのような物語として意味づけているかに注目しており、語りの構造そのものを分析の対象に含めています。
また、「発達障害に関するインタビュー」プロジェクトでは、診断や支援にまつわる当事者・家族・支援者それぞれのナラティブが、しばしば交差し、すれ違いながら共存している現場の様相を、ナラティブ・アプローチの視点で読み解いていくことを目指しています。
関連する用語
参考文献・参考資料
- ジェローム・ブルーナー『可能世界の心理』(みすず書房, 1998)
- 野口裕二『ナラティヴ・アプローチ』(勁草書房, 2009)
- 桜井厚『ライフストーリー・インタビュー──質的研究入門』(せりか書房, 2002)
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
質的研究法・インタビュー研究について、講演・執筆・取材のご依頼を承っています。