はじめに
国の政治に絶望するけれど、自分の街なら、何かできるかもしれない──。 近年、ヨーロッパ各地で、こんな手応えのもとに、地方自治体から社会を作り直そうとする運動が生まれています。
その潮流に名前を与えたのが、今回取り上げるミュニシパリズム(municipalism)です。
1. ミュニシパリズムとは何か
ミュニシパリズムは、ひとことでいえば、
政治参加を、選挙による間接民主主義に限定せずに、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を重視するという考え方。
を指します(吉岡のノートより)。
「ミュニシパル」(municipal)は、「自治体」を意味する英語の形容詞。 国家レベルの政治を変えるよりも、まず自治体レベルで民主主義を実践していこう、というのが、ミュニシパリズムの基本姿勢です。
ミュニシパリズムを掲げる自治体は、次のような政策を進めています。
- 市民の直接的な政治参加(参加型予算、市民集会など)
- 公共サービスの再公営化、地方公営企業の設立
- 公営住宅の拡大
- 地元産の再生可能エネルギーの推進
- 市政の透明性と説明責任の強化
2. バルセロナ──ミュニシパリズムの中心地
ミュニシパリズムの先駆的・中心的な存在が、スペインのバルセロナです。
2015年の地方選挙で、市民運動から誕生した進歩的な地域政党**「バルセロナ・コモンズ」**(Barcelona en Comú)が市政を担当。 以来、さまざまな既得権益と闘いながら、住民とともに変革を進めてきました。
具体的な成果としては、
- 多数の市立保育園の設置
- アパートを買い取って、公営住宅として供給する政策
- 低所得世帯が利用できる公営葬儀サービス会社の設立
- ドメスティックバイオレンス被害者救済サービスの再公営化
- 地元産自然エネルギー供給公営企業(Barcelona Energia)の設立
──など、市民生活に直結する公共サービスを、市民が利用しやすい形に作り変えてきました。
3. 「市場よりも市民を優先」──ナポリの例
イタリアのナポリ市も、ミュニシパリズムを実践する自治体のひとつです。
ナポリ市長ルイージ・デ・マギストリスは、2011年の当選以来、「コモンズ」(共同で利用・管理される共有財・資源)を政治の中心に据えてきました。 水道事業の公的所有を全国に先駆けて確立し、水を「コモンズ・公共財」として位置づけた改革を行いました。
ミュニシパリストの市議エラアノラ・デ・マヨは、ミュニシパリズムをこう説明しました。
ミュニシパリズムの自治体は、「利潤と市場の法則よりも市民を優先する」という共通の規範を共有している。 その意味は、社会的権利の実現のために政治課題の優先順位を決めること、新自由主義を脱却して公益とコモンズの価値を中心に置くことである。
新自由主義によって、水道や電気のような公共サービスが民営化され、利潤追求の対象になってきた流れに対して、ミュニシパリズムは「市民の生活と権利を中心に据える」方向への対抗運動として立ち上がっています。
4. グルノーブル、アムステルダムの実践
フランスのグルノーブル市は、2000年に水道サービスを再公営化したパイオニア。 現在も、暖房や街灯のエネルギー供給を地元のエネルギーサービスで賄うべく、再公営化を目指しています。 学校給食も、地元産の100%有機食材使用を目指して進めています。
オランダのアムステルダム市は、Airbnb(民泊サービス)の規制にいち早く乗り出し、年間30日までという制限を設けました。 不動産投資による住宅不足と価格高騰に対抗するための、市民の生活を守る政策です。
これらの実践は、いずれも「普通の人が払える住宅・公共サービス・エネルギーを守る」という、ミュニシパリズムの共通の精神に基づいています。
5. 「フィアレスシティ」──恐れない自治体のネットワーク
ミュニシパリズムの自治体は、孤立して活動しているのではなく、国際的にネットワークを組んでいます。 その中心が、バルセロナが2016年に呼びかけたフィアレスシティ(Fearless Cities)です。
フィアレスシティは、
- 抑圧的なEU、国家、多国籍企業、マスメディアを恐れない
- 難民の人権を守ることを恐れない
- 地域経済と地域の民主主義を積極的に発展させて、制裁を受けることも恐れない
──という姿勢を共有する、住民と自治体の国際的なネットワークです。 2018年以降、ニューヨーク、ワルシャワ、バルパライソ(チリ)、ブリュッセル、アムステルダム、コペンハーゲンなどで会議が開かれてきました。
6. ミュニシパリズムの共通の価値
ミュニシパリズムの自治体が、共通して重視する価値は、おおむね次のようなものです。
- 社会的権利
- 公共財(コモンズ)の保護
- フェミニズム
- 反汚職
- 格差や不平等の是正
- 民主主義
- 地域、自治、開放、市民主導、対等な関係性、市民の政治参加
これらは、新自由主義のグローバル化が進む中で、普通の人が地域政治に参画して、市民として力を取り戻すことを目指す、現代的な民主主義論として整理できます。
ミュニシパリストは、時にトップダウンの議会制民主主義に挑戦し、政治家には地域の集会の合意を、下から上に上げていく役割を100%の透明性をもって行うことを求めます。
7. EUと国家の障壁
ミュニシパリズムは、国家主義や権威主義をかざす中央政府、そしてEU単一市場のルールと、しばしばぶつかります。
- EU単一市場のサービス指令
- 緊縮財政政策
- 公共調達指令(公開入札の義務化)
- 国家補助金の禁止
──こうした枠組みは、地元優先の政策や公共サービスの公営化を、しばしば妨げます。 このため、ミュニシパリズムは「自治体的不服従」を訴えることもあります。 中央政府やEUのルールに対して、市民的不服従の精神で抵抗する戦略です。
8. 日本にもある、地域主権の芽
ミュニシパリズム的な発想は、日本にも芽生えています。
- 種子法廃止(2018年)に対して、岐阜県・埼玉県・新潟県・兵庫県・山形県などが「種子条例」を制定
- 改正水道法のコンセッション方式導入に対して、福井県議会・新潟県議会が反対の意見書を提出
- 一部自治体での参加型予算、住民投票の取り組み
これらは、ミュニシパリズムと完全に同じではないけれど、地域主権・地域自治の表明として、同じ方向の動きと言えます。 強権的な中央政府を持つ国でこそ、こうした地域からの動きが重要になります。
9. インタビュー研究と、ミュニシパリズム
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、ミュニシパリズム的な感覚は、しばしば登場します。
- 「国の政治には期待できないけど、自分の地域なら何かできる気がする」
- 「自治会や住民活動を通じて、地域の問題に取り組んできた」
- 「公共サービスが、ビジネスの論理で決められていくのは違うと感じる」
- 「コモンズ的な共有財を、地域でどう守るかが課題になっている」
これらの語りは、人々が国家政治に距離を感じながらも、自分が暮らす場所から社会を作り直そうとする希望と試行錯誤を映しています。
結び
ミュニシパリズムは、政治を中央から地域へと取り戻そうとする、現代的な民主主義論です。
国家政治の壁が高くて動かないとき、自治体レベルから始めて、ネットワークで世界とつながる。 バルセロナ、ナポリ、グルノーブル、アムステルダム──そして、日本のいくつかの自治体でも、同じ精神が芽生えています。
「自分の街から、社会を作り直す」──。 このシンプルな発想を、私たちはもう少し本気で受け取ってもいいかもしれません。
参考資料
- バルセロナ・コモンズの政策実践
- フィアレスシティ・ネットワーク
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「ミュニシパリズム」
- 関連:コミュニタリズム(#42)、共和制の議会制民主主義(#77)、相互扶助(#63)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】