はじめに
子どもを近所で預かり合う。 体調を崩した友人にご飯を届ける。 町内会で雪かきを分担する。 クラウドファンディングで知らない人を支える。
これらは、お金を介した契約ではないけれど、誰かが誰かを支える行為です。 こうした「お互いさま」の営みを、社会学・福祉社会学のことばで相互扶助(mutual aid)と呼びます。
1. 相互扶助とは何か
相互扶助は、ひとことでいえば、
資本主義社会以前の奴隷制社会、封建制社会における基礎的単位である共同体のなかでの血縁集団、近隣集団などの集団による共同体的規制を利用しながらの、互いの助け合い。
を指します(吉岡のノートより)。
伝統社会では、家族、親族、近隣、村落、宗教共同体などのつながりのなかで、人々はお互いを支え合って生きてきました。 食料の分け合い、病人の看護、葬儀の互助、田植えの労働交換──。 これらは、お金を介した売買ではなく、互酬性(reciprocity)に基づく贈与的な助け合いでした。
福祉の文脈では、この語は別の使われ方もします。 国に頼らずに、民間で共済組合を作って扶助することを、相互扶助と呼ぶ場合があります。 労働組合の共済、宗教団体の互助組織、地域の頼母子講──。これらも相互扶助の現代的な姿です。
2. クロポトキンの『相互扶助論』
相互扶助という概念を、社会思想として体系的に展開したのが、ロシアのアナーキスト思想家P・A・クロポトキン(Pyotr Alexeyevich Kropotkin)でした。 彼は1902年に『相互扶助論』(Mutual Aid: A Factor of Evolution)を出版しました。
クロポトキンの問題意識は、ダーウィンの進化論への応答にありました。 当時、ダーウィン進化論のうち生存競争の側面だけが強調され、社会ダーウィニズム(強者が生き残るのが自然法則)として政治的に利用されていました。 クロポトキンはこれに対して、
生物界には、生存競争以上に、相互扶助の原理が働いている。
と主張しました。 動物の群れのなかでも、人間の歴史のなかでも、生存と発展を支えてきたのは「競争」よりも「協力」だ、というのが彼の見方でした。
このクロポトキンの議論は、その後の福祉思想、協同組合運動、アナーキズム的なコミュニティ論などに、長く影響を残しています。
3. 相互扶助と、社会保険の関係
近代社会のなかで、相互扶助はどう位置づけられるでしょうか。
近代福祉の歴史をざっくり整理すると、
- 伝統社会:家族・近隣・宗教共同体による相互扶助が中心
- 近代社会:相互扶助の機能を、社会保険や公的扶助が肩代わりしていく
- 現代社会:社会保険・公的扶助だけでは足りず、相互扶助の再評価が進んでいる
20世紀の福祉国家の発展は、伝統的な相互扶助の機能を、国家の社会保険制度へと社会化していくプロセスでもありました。 家族や近隣の助け合いに頼っていたケアを、年金・医療保険・介護保険などのかたちで、社会全体が支える仕組みに置き換えていったのです。
ですが、近年、相互扶助は再び注目されています。 公的な福祉だけではカバーできない部分、たとえば孤独・孤立、コミュニティの希薄化、ヤングケアラー、災害対応──こうした領域で、地域や仲間による相互扶助の役割が見直されています。
4. 「家族の自助」と「相互扶助」の違い
ここで、注意しておきたいのは、相互扶助は自助(self-help)とは違うということです。
「困ったら家族で何とかしろ」「自己責任で生活を立て直せ」というのは、近代社会のなかで強調されてきた自助の発想です。 これは、孤立した個人や家族に責任を押し付ける性質を持ちます。
これに対して、相互扶助は、人と人のあいだの相互的なつながりを前提にしています。 「自分も助けるし、自分も助けてもらえる」──このゆるやかな互酬性が、相互扶助の核心です。
公的な福祉が手薄なときに、「家族でやってください」と言うのと、「地域で互助の仕組みを作っていきましょう」と言うのは、まったく違う方向性なのです。
5. 現代の相互扶助の例
現代社会で見られる相互扶助のかたちを、いくつか挙げてみます。
- 地域の子ども食堂、フードバンク
- 子どもを預け合うコミュニティ、ファミリーサポート
- 災害時のボランティアと支援ネットワーク
- 当事者会、ピアサポート(同じ経験を持つ人同士の支え合い)
- クラウドファンディング、寄付プラットフォーム
- 介護家族の自助グループ、認知症カフェ
- 共済組合、生活協同組合(生協)
- オンラインコミュニティでの情報共有・支援
これらは、伝統的な共同体のかたちとは違いますが、「お互いさま」の精神を、現代の文脈で再構築する試みだと言えます。
6. インタビュー研究と、相互扶助
TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、相互扶助の手応えは、しばしば顔を出します。
- 「育児で困ったとき、同じ親同士のグループに本当に救われた」
- 「介護のことを、地域の集まりで話せたのが大きかった」
- 「公的なサービスではカバーされないところを、近所の人に支えてもらった」
- 「災害のあと、知らない人同士で助け合えた経験が、いまも忘れられない」
これらの語りは、公的な福祉制度の隙間を、相互扶助がどう埋めているかを教えてくれます。 そして同時に、相互扶助だけに頼ると、つながりのある人だけが救われる格差が生まれることも、社会学的には考えなければいけません。
公的福祉と相互扶助の組み合わせ方を、慎重に設計していくこと──。 ここに、これからの福祉社会の課題があります。
結び
相互扶助は、近代以前の伝統社会から、現代のオンラインコミュニティまで、人々の生活を支え続けてきた営みです。
公的な福祉制度が大事である一方で、それだけでは届かない領域があります。 そこを支えるのが、人と人のあいだの「お互いさま」のつながりです。
「自分を助けてくれる人がいる」「自分が誰かを助けることができる」──。 このゆるやかな相互性を、社会のなかにどうやって育てていくか。 それは、いまの私たちにとっても、開かれた課題です。
参考資料
- P・A・クロポトキン『相互扶助論』(1902)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「相互扶助」
- 関連:福祉(#61)、社会保険(#62)、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(#16)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】