はじめに
「春闘」「労使協議」「経済財政諮問会議」「経団連」──。 日本の経済政策のニュースには、政府だけでなく、労働組合や経済団体の名前が頻繁に登場します。 これらの団体は、選挙で選ばれているわけではないのに、なぜか政策の決定に深く関わっている。
この、政府と特定の利害団体が組んで政策を作っていく仕組みを、社会学・政策論のことばでコーポラティズム(corporatism)と呼びます。
1. コーポラティズムとは何か
コーポラティズムは、ひとことでいえば、
特定の優勢な経済・社会団体が、政府に影響を与える傾向が強い、政策決定の過程。
を指します(吉岡のノートより)。
通常の議会制民主主義では、政策は選挙で選ばれた議員と政府によって作られます。 ですが、現実には、その背後で、
- 労働組合(全国組織)
- 経済団体(経団連、経済同友会、商工会議所など)
- 業界団体
- 農業団体(JA など)
──といった、強力な利害団体が政策決定に強く関与しています。 こうした団体が、政府と継続的に協議し、合意を作りながら政策を進めていく構造を、コーポラティズムと呼びます。
2. ファシズムに起源を持つ古いコーポラティズム
コーポラティズムの起源は、20世紀前半のヨーロッパにあります。 特に、イタリアのムッソリーニ政権下のファシズムや、戦間期のスペイン、ポルトガル、ナチス・ドイツなどで、政府が国家全体の権威主義的統制のために、経済・社会団体を一元的に支配しようとしました。
この古い形態のコーポラティズムでは、
- 政府が、労働組合・経営者団体・農業団体などをすべて統制
- 利害団体は、政府の意思の伝達装置として機能
- 反対派は排除され、団体は政府の道具になる
──という、極めて権威主義的な仕組みでした。 これが、第二次世界大戦後に否定されたコーポラティズムの古典的なモデルです。
3. ネオ・コーポラティズムへ
戦後、特に1960〜70年代の北欧やドイツ、オーストリアでは、より民主的なかたちのコーポラティズムが発展していきました。 これを、古いコーポラティズムと区別して、ネオ・コーポラティズム(neo-corporatism)と呼びます。
ネオ・コーポラティズムの典型は、
- 政府
- 労働組合(労働者代表)
- 使用者団体(経営者代表)
──の三者協調です。 社会民主主義的な国々で、特に1970〜80年代に強い影響力を持ちました。
ネオ・コーポラティズムは、
- 賃金交渉
- 社会保障制度の設計
- 雇用政策
- 産業政策
──などの分野で、安定的な合意を作る仕組みとして機能してきました。 労働者と経営者と政府が、対立をエスカレートさせずに、テーブルで合意点を探る。 北欧諸国の安定した労使関係は、このネオ・コーポラティズムの伝統に支えられています。
4. コーポラティズムの広がり
近年では、コーポラティズムの参加者は、もう少し多様化しています。
- 環境保護団体
- エスニックコミュニティ
- 消費者団体
- 女性団体
- 障害当事者団体
──こうした新しい利害団体が、政策決定に影響力を持つようになっています。 古典的な「政府・労働・経営」の三者協調を超えて、より多様な利害が政策決定に関与する仕組みへと、コーポラティズムの形は広がっています。
5. コーポラティズムの長所と短所
コーポラティズムは、その仕組みに長所と短所があります。
長所:
- 政策の安定性が高い。利害関係者の合意のもとで決まるため、後の混乱が少ない
- 短期的な政治的駆け引きより、長期的な視点が入りやすい
- 労使対立がエスカレートしにくい
- 専門家の知見が政策に反映されやすい
短所:
- 強力な団体に属さない人々(非組織労働者、フリーランス、若者など)の声が反映されにくい
- 既得権益の温存に繋がりやすい
- 国会や有権者の代わりに、団体間で実質的な決定がなされやすく、民主主義のチェックが効きにくい
- 政策の透明性が低くなりがち
近年は、特に労働組合に属さないフリーランスや非正規雇用者の増加によって、伝統的なネオ・コーポラティズムの仕組みでは、多くの人の声が代弁されない状況が生まれています。
6. 日本のコーポラティズム
日本にも、コーポラティズム的な仕組みは存在します。
- 春闘(連合と経団連を中心とした賃金交渉)
- 中央労働委員会、経済財政諮問会議などの三者構成の審議会
- 業界団体と所管官庁の継続的な関係(自動車産業、金融、医療、農業など)
- 経団連の政策提言と政府との連携
日本のコーポラティズムは、欧州型ほど制度化されてはいませんが、省庁と業界団体の濃い関係が、実質的に多くの政策を形作ってきました。 原子力ムラ(→ #76)の議論も、コーポラティズム的構造の一例として読むことができます。
7. インタビュー研究と、コーポラティズム
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、コーポラティズム的な構造への手応えが、しばしば登場します。
- 「業界団体に入っていないと、政策の話に届かない」
- 「労働組合のない職場では、声を上げる場がなかった」
- 「業界の自主規制が、実態として法律より厳しいことがある」
- 「政府と業界の話し合いで、いつのまにか方針が決まっていた」
これらの語りは、コーポラティズムが、議会と選挙だけでは見えない政策の動きを、生身の経験に翻訳して見せてくれます。
結び
コーポラティズムは、民主主義の機能を補完しつつ、同時に民主主義のチェックを弱める可能性を持つ、両義的な仕組みです。
ネオ・コーポラティズムは、戦後の福祉国家の安定を支えてきました。 ですが、現代の労働の多様化、市民社会の変化のなかで、その仕組みは更新を求められています。
「誰が政策に関わっているのか」「誰が排除されているのか」を意識すること。 これは、現代の民主主義を考えるための、ひとつの基本姿勢です。
参考資料
- フィリップ・シュミッターらのネオ・コーポラティズム論
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「コーポラティズム」
- 関連:原子力ムラ(#76)、福祉国家の収斂理論(#57)、リベラリズム(#41)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】