はじめに
「学歴が高い人ほど、年収も高い」。 これはよくある話ですが、本当にそうなのでしょうか。
実は、学歴と年収のあいだには、たくさんの第三変数が絡み合っています。 出身家庭の経済状況、性別、年齢、業界、勤続年数、地域──。 これらを全部考慮せずに、ふたつの変数だけで「関連」を語ると、私たちは大事なものを見落とします。
このもつれを、まとめて解きほぐすための数理統計の方法群が、今回取り上げる多変量解析(multivariate analysis)です。
1. 多変量解析とは何か
多変量解析は、ひとことでいえば、
二つの変数間の関係ではなく、3つの変数以上のあいだに見られる関係を、まとめて分析する数理統計的方法の総称。
を指します(吉岡のノートより)。
クロス集計(→ #48)が「2変数の関係」を見るのに対して、多変量解析は「3変数以上の関係」を扱います。 そのぶん、現実の複雑な関係をより精密に分析できる代わりに、計算や解釈は格段に複雑になります。
2. なぜ「多変量」が必要なのか
社会の現象は、たいてい複数の変数が絡み合って起きています。 たとえば、
「学歴によって、年齢と所得の関係が違ってくる」
──こうした、変数のあいだに条件つきの関係があるとき、ふたつの変数だけのクロス集計では、見えないことがたくさんあります。
- 男性のなかでは学歴と年収の関連が強いけれど、女性ではあまり強くない
- 都市部では学歴の効果が大きいけれど、地方ではそれほど大きくない
- 業種によって、学歴が効くものと効かないものがある
こうした変数の組み合わせによる効果の違いを解明するには、3つ以上の変数を同時に扱う必要があります。 そこで多変量解析が登場します。
3. 多変量解析の主な種類
多変量解析と一口に言っても、目的に応じてさまざまな方法があります。 代表的なものを並べると、次の通りです。
重回帰分析: ひとつの従属変数(説明したい変数)を、複数の独立変数で予測する。 社会学・経済学の研究で、もっとも基本的に使われる方法です。
因子分析: たくさんの観測変数の背後に、いくつかの「潜在的な因子」を想定して構造化する。 心理尺度や意識調査の分析でよく使われます。
判別分析: 個体がどのカテゴリに属するかを、複数の変数から判別する。
クラスター分析: 似たもの同士をグループ化していく。 マーケティングの「セグメント分け」などで使われます。
林の数量化理論: 日本の統計学者・林知己夫が開発した、質的データを扱う多変量解析の手法群(I類〜IV類)。 日本の社会調査ではよく使われてきました。
パス解析: 変数間の因果関係を、図(パス図)で表現しながら分析する。
対数線形モデル: カテゴリカルデータの多変量関連を分析する。
共分散構造分析(構造方程式モデル): パス解析を、観測変数と潜在変数を組み合わせて拡張したもの。
多次元尺度構成法: 変数間の類似度から、低次元の空間に布置する。
このように、目的とデータの種類に応じて、選べる手法は豊富にあります。
4. 重回帰分析を例に
社会調査でいちばん使われる重回帰分析を例にして、多変量解析の発想を見ておきます。
たとえば、年収を予測するモデルを考えるとします。
年収 = a + b1 × 学歴 + b2 × 年齢 + b3 × 性別 + b4 × 業種 + ……
このように、複数の独立変数から年収を予測する数式を作る。 そして、それぞれの係数(b1, b2, b3 …)を統計的に推定する。
この係数を見ることで、
- 他の条件を一定にしたとき、学歴1段階の上昇は年収を何円増やすのか
- 他の条件を一定にしたとき、性別はどれくらい年収に影響しているのか
──といった、他の変数の影響を「除いた上で」の関連を読み取れます。 これが、単純な2変数のクロス集計と決定的に違うところです。
5. 多変量解析の落とし穴
多変量解析は便利ですが、いくつかの落とし穴があります。
ひとつ目は、因果関係と相関関係の混同。 回帰分析で「学歴が年収に影響する」と出ても、本当にそれが「学歴 → 年収」の因果なのか、別の隠れた変数が両方を動かしているのかは、分析だけでは決まりません。
ふたつ目は、過剰適合(オーバーフィッティング)。 変数を増やしすぎると、サンプル特有のノイズに合わせ込んだモデルになってしまう。 別の標本で再現性がなくなることがあります。
三つ目は、結果の解釈の難しさ。 変数が多いほど、結果を社会的に意味のある言葉に翻訳するのは難しくなります。 統計的に有意でも、実質的な意味があるかは別問題です。
これらを意識しないと、「分析しました」という形式は整っても、社会の理解には貢献しないモデルが量産されてしまいます。
6. インタビュー研究と、多変量的なまなざし
TNN のインタビュー研究は、量的な多変量解析は使いません。 ですが、複数の変数を同時に意識するという発想は、質的研究にも生きます。
語り手の経験を聴くとき、その人を「性別」だけで、「年代」だけで、「業界」だけで見るのは粗すぎる。
- 性別 × 年代 × 業界 × 地域 × 家族構成 × 健康状態
──こうした複数の軸を、同時に意識しながら聴く。 そうすることで、その人の語りのなかにある独特の手応えが、立体的に立ち上がってきます。
多変量解析の発想は、つまり「複数の変数の絡まりを単純化せずに受け止める」という、研究者の姿勢そのものです。 質的研究でも、数式は使わなくても、この姿勢は欠かせません。
結び
社会の現象は、ひとつの原因でできているわけではありません。 複数の要因が、複雑に絡み合って、いまの姿になっている。
多変量解析は、その絡まりを数理的に解きほぐすための、社会調査の必須の道具です。 日々のニュースや調査結果を読むときに、「これは2変数の話か、多変量の話か」と一拍置いて考えてみる。 それだけで、社会についての理解の解像度が、ぐっと上がります。
参考資料
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「多変量解析」
- 社会調査の入門書一般(多変量解析の章)
- 関連:クロス集計(#48)、統計的検定(#50)、エラボレーション(#59)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】