はじめに
「日本の子どもの7人にひとりは貧困状態」と聞いて、ぴんと来ない人もいるかもしれません。 コンビニにも電車にも、スマホを持っている子どもにも、目に見える形での「貧困」は感じにくいからです。
ですが、社会学・福祉社会学の世界では、こうした状況をきちんと分節する言葉があります。 今回取り上げるのは、相対的貧困(relative poverty)と絶対的貧困(absolute poverty)です。
1. 絶対的貧困とは何か
絶対的貧困は、ひとことでいえば、
生存するために物質的に必要最低限度の水準を満たさず生活しているような貧困の状態。
を指します(吉岡のノートより)。
「必要最低限度」とは、十分な食料、住まい、衣服など、人が生きていくのに必要なものを指します。 私たちが「貧困」と聞いて、まず思い浮かべるイメージは、たいていこちらです。
国際的な基準として、世界銀行は2015年に、1日1.90米ドルを国際貧困ラインに改定しました。 この基準を下回る人々が、絶対的貧困のなかで暮らしているとされます。 そのほとんどは、開発途上国に住んでいる人々です。
ただし、絶対的貧困の普遍的な基準を設定することには、社会学的にも疑問があります。 「必要最低限度の物質」が何かは、文化的背景によって違うからです。 北極圏で生きるのに必要な装備と、熱帯で生きるのに必要なものはまったく違う。 ここに、絶対的貧困という概念の限界もあります。
2. 相対的貧困とは何か
これに対して、相対的貧困は、
ある国や社会において、平均的な所得と比較し相対的に所得が低いことによる貧困。
を指します。
絶対的貧困と異なり、相対的貧困の定義は、その社会の成熟度や経済発展の程度によって変わります。 日本で「貧困ライン」とされる収入水準は、開発途上国の人から見れば、決して「絶対的貧困」ではないかもしれません。 ですが、その国・地域のなかで普通に暮らすために必要な水準と比べて、明らかに足りていない状態──これが相対的貧困です。
日本の厚生労働省などが採用している定義では、世帯の所得が、その国の等価可処分所得の中央値の半分(貧困線)に満たない状態を相対的貧困と呼びます。
3. なぜ「相対的」が必要なのか
絶対的貧困だけで世界を見ていると、見えなくなるものがあります。 「豊かな国に住んでいるのに、まわりと比べて貧しい」という状態の、独特の苦しさです。
たとえば日本の子どもが、
- 修学旅行に行けない
- 部活の遠征費が払えない
- 友達の誕生日プレゼントが買えない
- 塾や習い事に通えない
- 進学を諦める
──こうした経験を重ねていくとき、「いやその国の基準で見たら絶対的貧困じゃないから」と切り捨てることはできません。 社会のなかで他の人とともに生きるのに必要なリソースが、明らかに足りていない。 この「社会的な貧困」を捉えるための言葉が、相対的貧困です。
4. 相対的貧困と、社会的な不平等
相対的貧困は、しばしば、
- 階級(経済的階層)
- エスニシティ(民族・人種)
- ジェンダー
- 障害の有無
- 地域(都市と地方)
──といった、社会的な差異とセットで生まれます。 そして、これらの差異が重なり合うことで、より深刻な不平等が生じる。 これを近年では、インターセクショナリティ(intersectionality)の知見と呼んでいます。
たとえば、日本の相対的貧困世帯には、次のような特徴があります(厚生労働省の調査より)。
- 世帯主が高齢者の世帯(高齢化で今後さらに増える可能性)
- 単身世帯と一人親世帯が多い(とくに女性一人親世帯はジェンダー問題と直結)
- 郡部・町村居住者が多い(都市と地方の格差)
ひとりの貧困は、その人の「努力不足」では説明できません。 階級、ジェンダー、年齢、地域、家族構成といった構造的な要因が、複雑に絡み合っています。
5. 自己責任論ではなく、社会政策へ
相対的貧困を考えるとき、しばしば「自己責任ではないか」という反論が出てきます。 ですが、社会学・福祉社会学の見方は明確です。
社会的な差異から生まれる不平等は、社会政策と経済政策で取り組むべき問題である。
これは「個人の努力を否定する」議論ではありません。 個人の努力が報われるための前提条件を、社会の側でちゃんと整えよう、ということです。
教育、医療、住まい、雇用、社会保障──。 こうした社会政策をどう設計するかによって、相対的貧困の幅は大きく変わってきます。 普遍主義/選別主義(#20)の議論も、この延長線上にあります。
6. インタビュー研究と、貧困の語り
TNN がインタビューを通して聴く語りには、相対的貧困の経験が、本人もそれと気づかない形で含まれていることがあります。
- 「みんなが当たり前にしていることが、うちでは難しかった」
- 「友達の前で、その話題は避けるようになった」
- 「お金の話はしないことに、いつのまにかなっていた」
- 「進学先を決めるときに、選択肢の少なさで悩んだ」
これらの語りは、たんなる「お金がなかった話」ではなく、社会のなかでの位置づけにまつわる経験です。 相対的貧困の補助線を持っていると、こうした語りを「個人の運不運の話」ではなく、社会構造の話として読み直すことができます。
絶対的貧困と相対的貧困を区別する意味は、つまり、「貧困を経験している人の声を、社会の言葉でちゃんと拾い上げる」ためにある、と私は思っています。
結び
「貧しい」と一言でいっても、その内側には、絶対的なものと相対的なものがあります。
絶対的貧困は、生存にかかわる切迫した問題として、いまも世界の多くの地域に存在しています。 相対的貧困は、豊かな国にも確実にあり、社会のなかで人々を静かに分断しています。
このふたつを混同せず、それぞれに必要な対応を考えること。 これが、福祉社会学のひとつの基本姿勢です。
参考資料
- ピーター・タウンゼントの相対的貧困概念
- 世界銀行の国際貧困ライン
- 厚生労働省「相対的貧困率等に関する調査分析結果について」
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「相対的貧困と絶対的貧困」
- 関連:普遍主義と選別主義(#20)、社会的包摂と排除(#13)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】