はじめに
地震、津波、洪水、戦争、大事故──。 大規模な災害のあとに、被災地で人々が互いに助け合う風景を、私たちはたびたび目にしてきました。 ふだんは挨拶もしないご近所さんが、食べ物を分け合う。 全国から、見ず知らずの人がボランティアに駆けつける。
これらの瞬間に、ある種のユートピア的な共同体が、一時的に出現します。 これを、社会学・災害社会学のことばで災害ユートピア(disaster utopia)と呼びます。
アメリカの著作家レベッカ・ソルニット(Rebecca Solnit)が、2009年の著作『災害ユートピア』(A Paradise Built in Hell)で、世界に広めた概念です。
1. 災害ユートピアとは何か
災害ユートピアは、ひとことでいえば、
大規模災害の後に、一時的な現象として発生する、ユートピア的共同体。
を指します(吉岡のノートより)。
ソルニットの観察によれば、災害のあと、
- 人々は互いに助け合うようになる
- 階級や民族の壁が一時的に低くなる
- 物質的な所有よりも、人とのつながりが大事になる
- 強い連帯感と高揚感が生まれる
──。 これは「人間は災害時にパニックになり、自分のことしか考えなくなる」という、メディアやハリウッド映画が描く神話とは、まったく逆の姿です。
ソルニットは、サンフランシスコ地震(1906年)、ハリケーン・カトリーナ、9.11テロ──などを丁寧に取材し、人々が災害のなかでいかに連帯したかを描き出しました。
2. なぜ「ユートピア」が立ち上がるのか
災害ユートピアでは、
一部の地域を襲った悲劇的な災害を目にし、人々のあいだで、その苦しみを分かち合う善意が呼び覚まされ、一種の精神的高揚となって、理想郷が出現する。
──というメカニズムが働きます。
ふだんは、私たちは
- 自分の損得を考える
- 競争のなかで生きる
- 他者との距離を保つ
──という日常を生きています。 ですが、災害は、この日常を一気に解体します。 そのとき、人間のなかに眠っていた「他者と分かち合いたい」という根源的な衝動が、表に出てくる。 これが、災害ユートピアの心理的・社会的な基盤です。
3. 連結型ソーシャルキャピタルの役割
災害ユートピアの議論で、特に重要な概念が、連結型ソーシャルキャピタル(→ #11 ソーシャルキャピタル)です。
吉岡のノートでは、こう整理されています。
災害ユートピアでは、一般市民と権限を持つ者を結び、民主的で権限付託的な交流により成立する連結型ソーシャルキャピタルが、災害直後や復興初期段階の救援などに、特に重要な役割を果たす。
連結型ソーシャルキャピタルは、
- 行政、専門家、企業──といった異なる立場・権限を持つ人々と、
- 一般市民
──を結ぶつながりです。 災害時には、この連結型ソーシャルキャピタルが、ふだんは届かない場所まで支援を届ける役割を果たします。
4. 災害ユートピアは続かない──4つのプロセス
ソルニットの観察で、もうひとつ重要なのは、災害ユートピアは続かないという点です。 被災地は、おおむね次の4つのプロセスを辿る、と言われています。
ひとつ目:英雄期(災害直後) 自分と家族、近隣の人々、財産を守るために、危険を顧みず勇敢な行動を取る。 日常では考えられない英雄的な振る舞いが、各所で起きる。
ふたつ目:ハネムーン期(1週間〜6カ月) 劇的な体験を生き延びた人々が、体験を共有することで連帯のムードに包まれる。 援助への希望、明るい復興のビジョン。災害ユートピアが、もっとも輝く時期。
三つ目:幻滅期(2カ月〜1、2年) 避難生活の疲れ、援助の遅延、行政の失策などから、やり場のない怒り、不満が噴出。 住民同士のトラブル、飲酒問題なども目立ち始める。 ユートピアが解体していく時期。
四つ目:再建期(数年間) 被災地に「日常」が戻り始め、生活の建て直しが進んでいく。 ですが一方で、復興から取り残された人々、精神的な支えを失った人々は、ストレスの多い日々を抱える。
それぞれの段階によって、被災者の状況・課題は異なり、それを念頭に置いた対策が必要になります。 災害支援は、「災害直後」だけでなく、長期にわたって続ける必要がある──という、決定的に重要な示唆です。
5. ソルニットの「もうひとつの社会」
ソルニットの議論が画期的だったのは、災害ユートピアを「例外的な現象」ではなく、「人間社会のもうひとつの可能性」として描いた点です。
彼女は、こう論じます。
- 日常の社会は、競争と孤立を前提に設計されている
- ですが、人間には、本来もっと連帯したいという性向がある
- 災害は、その日常を一時的に解体し、別の社会のあり方を見せてくれる
- このユートピアの記憶を、復興期や日常へとどう持ち越せるか
──。 災害ユートピアは、たんなる「災害時の特殊な現象」ではなく、もうひとつの社会のあり方への招待でもある、というのが、ソルニットの希望です。
6. 東日本大震災と災害ユートピア
ソルニットの議論は、2011年の東日本大震災のあと、日本でも広く読まれました。
被災地での助け合い、全国からのボランティア、海外からの支援──。 これらは、災害ユートピアの典型的な現れでした。
ですが同時に、
- 風評被害、避難者への差別
- 行政の遅れと混乱
- 「絆」というキーワードへの違和感
- 復興過程での地域内の対立
- 帰還困難区域の長期化
──といった、ユートピアの裏側の問題も浮上しました。 災害ユートピアは美しいですが、その後の幻滅期・再建期の課題こそ、本当に難しい──。 これは、日本の災害社会学にとっても、いまも続く中心テーマです。
7. インタビュー研究と、災害ユートピア
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、災害ユートピア的な経験は、しばしば登場します。
- 「震災直後、見知らぬ人と助け合った経験は、いまも心に残っている」
- 「ふだんは話さない近所の人と、急に話すようになった」
- 「ボランティアで現地に行って、人生観が変わった」
- 「でも、半年後には、また日常に戻ってしまった」
これらの語りは、災害ユートピアが、一時的だけれど確かに存在する経験であり、人々の人生に大きな影響を残すことを教えてくれます。 災害ユートピアの補助線を持っていると、こうした経験を「たんなる思い出」ではなく、もうひとつの社会の可能性として読みほぐすことができます。
結び
災害は、悲しい出来事です。 ですが、その最悪の瞬間に、人間社会のもうひとつの顔──互いに分かち合い、助け合う共同体──が立ち上がることも、確かに事実です。
災害ユートピアは続かない。 それは、ソルニットも認めていることです。 ですが、その短い時間のなかで見えた風景を、私たちはどう日常に持ち帰ることができるか。 これが、災害社会学の希望のひとつです。
ふだんの社会のしくみが、これほど「孤立と競争」を前提に作られているのは、なぜなのか。 災害ユートピアは、その問いを、私たちに静かに投げかけてきます。
参考資料
- レベッカ・ソルニット『災害ユートピア──なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(2009)
- 東日本大震災以降の日本の災害社会学
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「災害ユートピア」
- 関連:ソーシャルキャピタル(#11)、相互扶助(#63)、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(#16)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】