はじめに
「人と人とのつながりは、お金や物と並ぶくらい大事だ」
──こういう言い方を聞いて、なんとなく頷いた経験はないでしょうか。 社会学のなかには、まさにこの「つながりの大事さ」を、資本という言葉で捉え直した概念があります。
それが、今回取り上げるソーシャルキャピタル(social capital、社会関係資本)です。
1. ソーシャルキャピタルとは何か
ソーシャルキャピタルは、政治学者ロバート・パットナムが1993年の著作『哲学する民主主義』で広く知られるようにした概念です。
パットナムの定義をなぞると、
人々の協調行動を活発にすることにより社会の効率性を高めることのできる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴。
を指します。
ソーシャルキャピタルが豊かな地域では、人々は互いに信用し、自発的に協力する。 パットナムは、これが民主主義を機能させる鍵だと論じました。
2. 3つの類型:結束型・橋渡し型・連結型
ソーシャルキャピタルには、3つの類型があるとされます(吉岡のノートより)。
(1) 結束型(Bonding Ties)
強い絆で結ばれた家族、親友、近隣住民など、共通の価値観を共有する同質的個人関係(Strong Ties)。 深い信頼と、迅速な協力が得られやすい。 反面、外部に対して排他的になる可能性もある。
(2) 橋渡し型(Bridging Ties)
ある集団やネットワークのメンバーと、その外部にあるネットワークのメンバーとの関係。 経験、価値観、背景を異にする個人関係(Weak Ties)。 異質なものを繋ぐことで、新しい情報や視点が入ってくる。
(3) 連結型(Linking Ties)
社会における様々な権力を超えて交流する人々の信頼関係によるネットワーク。 一般市民と、権限を持つ者を結ぶ関係。 災害直後や復興初期段階の救援に、とくに重要だとされる。
3. 「結束型は危ない」というわけではない
ソーシャルキャピタル論でよく語られるのが、
共益的な活動を行う市民組織よりも、多様な人々が参加して公益的な活動を行う橋渡し型のソーシャル・キャピタルのほうが熟成度が高い
という議論です。 ボンディング型のソーシャル・キャピタルには排他性の危険も潜在するため、外部の人や組織とも信頼関係を構築して、多様性を受け入れるブリッジング型を育成することが大事だ、と。
ただ、これは「結束型がダメで橋渡し型がいい」という単純な話ではありません。 結束型のないコミュニティは、災害や危機のときの応急対応が脆くなります。 3つの類型は、いずれも役割が違う、と捉えるのがよいと思います。
4. インタビュー研究と、ソーシャルキャピタル
Tapi在野研究ネットワークが「子どもを持つ理由・持たない理由」のインタビューを聴いていて、印象的に出てきたものに、コミュニティと子育てのつながりがあります。
メケさんは、職場の近所の地域で「だんじりや少年野球など、自然な相互補助のコミュニティが残っている」と語っていました。 向山さんは、田舎の里山に近い環境で、価値観の多様な公立学校で子どもを育てたい、と語っていました。 シャロ坊さんは、お寺の住職としての地域コミュニティとの関係を、ご自身の語りの軸のひとつにしていました。
これらはすべて、ソーシャルキャピタル論で扱われてきたテーマと、深く重なります。
家族・地域・職場・趣味のコミュニティ。 人がどの種類のソーシャルキャピタルにつながっているか、つながりたいか、つながれていないか──こうした補助線は、ひとりの語りを社会との関係のなかで読み解くために役立ちます。
5. つながりは、いつでも作れるものか
ソーシャルキャピタル論は、希望のある概念です。「つながりは育てられる」「信頼は蓄積できる」──そうしたメッセージを含んでいます。
一方で、現代の私たちは、つながりにくさ・孤立・自助の押しつけといった困難にも直面しています。 ソーシャルキャピタル論を「足りない人が悪い」という方向で使ってしまうと、本来の意図とずれてしまいます。
社会のあちこちに、つながりにくさを生む構造があること。 その構造を変えていくことも、ソーシャルキャピタルを育てる仕事に含まれること。 このバランスを持って、私はこの概念を使いたいと思っています。
結び
ソーシャルキャピタルは、人と人とのつながりを社会的な「資本」として捉え直す視点です。 Tapi在野研究ネットワークが聴くひとりひとりの語りのなかにも、結束型・橋渡し型・連結型のさまざまなつながりが折り込まれています。
その糸を一本ずつ見ながら、社会の輪郭をたしかめていく。 これが、Tapi在野研究ネットワークのインタビュー研究の、もうひとつの仕事です。
参考資料
- ロバート・パットナム『哲学する民主主義』(1993)
- ロバート・パットナム『孤独なボウリング』
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「ソーシャルキャピタルの結束型と橋渡し型(と連結型)」
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】