はじめに
学校で、私たちは「国語、数学、理科、社会、英語」を学びました。 ですが、本当にそれだけだったでしょうか。
廊下を走ってはいけない、列を作って静かに待つ、男子は元気に女子はおしとやかに、先生に意見しない、みんなと同じであることが安全──。 こうしたメッセージは、教科書には書かれていません。 でも、確実に学校から教えられたものでした。
このような「明文化されていないけれど、確実に教えられているもの」を、教育社会学のことばで隠れたカリキュラム(hidden curriculum)と呼びます。
1. 隠れたカリキュラムとは何か
隠れたカリキュラムは、ひとことでいえば、
学校教育のなかで明文化されていないが、知識、行動の様式や性向、意識やメンタリティが、意図しないままに、教師や仲間の生徒たちから教えられていくこと。
を指します(吉岡のノートより)。
英語の "hidden curriculum" を直訳すると「隠されたカリキュラム」「見えないカリキュラム」。 公式のカリキュラムには書かれていない、しかし学校生活のなかで日々伝達されているもうひとつの教育を指します。
2. ジャクソンとシュナイダー
隠れたカリキュラムという概念を提唱したのは、アメリカの教育学者・社会学者でした。
- フィリップ・W・ジャクソン(Philip W. Jackson):『Life In Classrooms』(1968)
- ベンソン・シュナイダー(Benson Snyder):『The Hidden Curriculum』(1971)
両者の研究は、教室や大学のなかで、生徒や学生が何を学んでいるかを丁寧に観察したものでした。 そして、
- 教科書に書かれた内容(顕在的カリキュラム)
- 教科書に書かれていない、しかし実際に学ばれている内容(隠れたカリキュラム)
──のふたつが、並行して進行していることを明らかにしました。
3. 何が「隠れて」教えられているのか
隠れたカリキュラムが伝えるものは、極めて多岐にわたります。
ひとつ目は、社会的な規範。
- 上下関係、敬語、ルールへの服従
- 時間を守ること
- 列を作って待つこと
- みんなと同じであること
- 自分の意見を抑えること
ふたつ目は、ジェンダー規範。
- 男の子は元気に、女の子はおとなしく
- リーダーは男の子が務める
- 女の子は気配りを期待される
- 服装、姿勢、声の出し方の暗黙のルール
三つ目は、階級・能力に関する暗黙のメッセージ。
- 成績の順位で、生徒の価値が決まる
- 「ふつう」と違う子は、目立たないようにすべき
- 学歴の上下で、人生の選択肢が変わる
四つ目は、人間関係の力学。
- いじめが起きたとき、誰が「正しい」とされるか
- 教師に好かれる生徒、好かれない生徒
- 教室のなかの「カースト」
これらはすべて、教科書には書かれていません。 ですが、子どもたちは、日々の学校生活のなかで、身体的にこれらを学習していきます。
4. 隠れたカリキュラムの両面性
隠れたカリキュラムには、プラスの面とマイナスの面の両方があります。
プラスの面:
- 社会生活を円滑に送るための、知識や行動様式が身につく
- 集団のなかで生きるための、暗黙のルールを学べる
- 子どもが自然と社会化される
マイナスの面:
- 人間関係の固定化
- 性別役割の固定化
- 階級や能力による分断の内面化
- 「ふつう」と違うことへの抑圧
特にマイナスの面は、教育社会学が長年問題にしてきたテーマです。
5. ジェンダー研究と隠れたカリキュラム
隠れたカリキュラムの議論で、特に重要なのがジェンダー研究との結びつきです。
- 教室の発言機会の男女差
- 「男の子は理数系、女の子は文系」という暗黙の誘導
- リーダーシップの期待が男子に偏る
- 「お手伝い」「気配り」が女子に期待される
こうした隠れたメッセージが、子どもたちのジェンダーアイデンティティと将来の選択を、決定的に方向づけている──。 ジェンダーの教育社会学は、これを丁寧に可視化してきました。
6. 階級と隠れたカリキュラム
ブルデュー(→ #110 文化資本)の議論を踏まえると、隠れたカリキュラムは、階級の再生産にも関わっています。
- 学校で評価される「ふさわしい振る舞い」は、ミドルクラスの家庭の文化に近い
- 労働者階級の子どもは、この身体化された文化資本を持っていないために、不利になる
- 結果として、階級の差が、世代を超えて再生産される
これは、ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(→ #114 メリトクラシー)が示した、決定的に重要なメカニズムです。
7. いじめと隠れたカリキュラム
隠れたカリキュラムの議論は、いじめ問題とも深く関わります。
- 学校のクラスのなかでの人間関係・力関係
- 「ふつう」から外れる子どもへの排除の文化
- 同調圧力と、それを破る子どもへの制裁
- 教師がこれをどう扱うか、扱わないか
吉岡のノートでも、
いじめ等の学校のクラスでの人間関係・力関係や、ジェンダーによる役割意識・役割演技も、「隠れたカリキュラム」が作用する例と言える。
と整理されています。 いじめは、たんなる「個別の生徒の問題」ではなく、学校の隠れたカリキュラムが生み出す構造的な現象として読むこともできます。
8. 「隠れたカリキュラム」を可視化する
隠れたカリキュラムの議論の意義は、見えないものを見えるようにすることにあります。
「学校では、何を教えているか」と問うと、たいてい教科書の内容が答えられます。 ですが、「学校では、本当のところ何が伝わっているか」と問い直すと、まったく違う風景が見えてきます。
この見直しのプロセスを経ることで、
- ジェンダー平等の教育
- 多様性を尊重する教育
- 子どもの主体性を育てる教育
──といった、教育改革が初めて可能になります。 ただ教科書を書き換えるだけでは、隠れたカリキュラムは変わりません。 教師の振る舞い、教室のレイアウト、ルールの作り方、評価の仕組み──こうしたすべてに目を向けなければなりません。
9. インタビュー研究と、隠れたカリキュラム
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、隠れたカリキュラムの記憶は、しばしば登場します。
- 「学校では、自分の意見を言わないように、と暗黙に教えられてきた」
- 「女の子だから、リーダーをやらせてもらえなかった」
- 「『ふつう』と違う部分があると、目立たないようにしていた」
- 「いじめのなかで、何が大事かを学んだ気がする」
これらの語りは、学校で学んだのが「知識」だけではないことを教えてくれます。 そして、その隠れた教えが、いまも人生に影響していることを示します。
隠れたカリキュラムの補助線を持っていると、こうした経験を、たんなる「個人の学校時代の記憶」ではなく、社会の規範が個人に染み込んでいく過程として読み直すことができます。
これは、#89 学校文化の議論とも深く重なります。
結び
「学校で、何を学んだか」と問うとき、私たちが思い出すのは、教科書の内容だけではありません。 むしろ、それ以上に深く身についているのは、教科書には書かれていなかった隠れたカリキュラムかもしれません。
このことを意識化することは、
- 自分が当たり前と思っている振る舞いを問い直す
- 子どもたちにどんなメッセージを伝えているか、自覚的になる
- 教育のあり方を、深く考え直す
──ための、出発点になります。
社会学の補助線は、「学校で何が起きているか」を、新しい目で見るためのレンズを与えてくれます。
参考資料
- Philip W. Jackson『Life In Classrooms』(1968)
- Benson Snyder『The Hidden Curriculum』(1971)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「隠れたカリキュラム」
- 関連:学校文化(#89)、文化資本(#110)、メリトクラシー(#114)、社会的差異化(#22)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】