はじめに
「お金がない家庭の子どもでも、努力すれば成功できる」──。 近代社会は、この信念のうえに「平等な競争」のしくみを作ろうとしてきました。
ですが、現実をよく見ると、「お金」だけでは説明できない格差があります。 家にあった本の数、両親との会話の質、ピアノを習わせてもらえたか、美術館に連れて行ってもらえたか──。 こうしたものが、子どもの将来に決定的な影響を与えていることが、社会学の研究で明らかになってきました。
この「お金以外の資産」を、社会学のことばで文化資本(cultural capital)と呼びます。 提唱したのは、フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)です。
1. 文化資本とは何か
文化資本は、ひとことでいえば、
金銭によるもの以外の、学歴や文化的素養といった個人的資産。
を指します(吉岡のノートより)。
ブルデューにとって、「資本」とは、
交換が成立するシステム内において、社会的関係として機能するもの。物質あるいは非物質といった区別なく、特定の社会的な枠組みにおいて、追求する価値と希少性があることを示すもの。
であれば、何でも資本になりうる。 そのうえで、文化資本は、
資本として機能するもののなかで、蓄積することで所有者に権力や社会的地位を与える、文化的教養に類するもの。
と定義されます。
2. 文化資本の3つの形態
ブルデューは、文化資本を3つの形態に整理しました。 これは、文化資本を理解するための極めて重要な分類です。
ひとつ目は、客体化された文化資本(objectified state)。 絵画、ピアノなどの楽器、本、骨董品、蔵書、家にある美術品──。 モノとして客体化した文化的財。
ふたつ目は、制度化された文化資本(institutionalised state)。 学歴、各種「教育資格」、免状、検定──。 制度が保証した形態の文化資本。
三つ目は、身体化された文化資本(embodied state)。 ハビトゥス(慣習行動を生み出す諸性向)、言語の使い方、振る舞い方、センス、美的性向──。 身体に染み込んだ文化資本。これがもっとも見えにくく、そして決定的に重要です。
3. 三つの資本の循環
ブルデューは、文化資本・経済資本・社会関係資本の3つを、相互に変換可能なものとして捉えました。
文化資本の蓄積:
- 人は、家庭環境のなかで、まず**言語能力(言語資本)**を身につける
- 次にこれを元手に、知識や技術(身体化された文化資本)を獲得する
- さらにそれらを使って、学歴や資格(制度化された文化資本)を手にする
経済資本への変換:
- これらの文化資本を社会に認めてもらうことで、**職業(社会的地位)**につき、**所得(経済資本)**を得る
- ここで、蓄積された文化資本の大小によって、獲得できる経済資本が左右される
- それぞれの文化資本を獲得できるかどうかで、社会全体の階層分化が生じる
社会関係資本との関係:
- 知り合いのつてやコネ(社会関係資本/→ #11 ソーシャルキャピタル)が、職務遂行上のキーになる
- 社会関係資本が、経済資本や文化資本を有効に活用するための資本として機能する
- 結果として、社会的地位の上昇・維持の戦略に貢献する
このプロセスを経て、文化資本は様々な利益と結びつき、価値を増殖させていきます。 そして獲得した利益は、再び資本となって、さらに新たな利益に結びついていきます。
4. 「界(シャン)」という発想
ブルデューは、こうした資本の運用が行われる場を界(champ/シャン)と呼びました。
- 経済界
- 芸術界
- 宗教界
- 大学界
- 政治界
──など、それぞれの「界」では、他には還元されない固有の実践的論理を持ちます。
たとえば、芸術界では美的な感性が成果に結びつく。 ですが、経済界では、論理思考や人付き合いのほうが利益につながる。 界ごとに有効に働く資本が変わり、また同じ界であっても、時代によって有効な資本は変わっていきます。
このように、ブルデューは文化資本・経済資本・社会関係資本の関係性を、固定的なものではなく、ダイナミックで多元的なものとして捉えました。
5. 教育と階層の再生産
文化資本論のもっとも重要な含意は、教育を通じた階層の再生産を可視化したことです。
学校は、表向きは「公平な競争の場」として作られています。 ですが、ブルデューは、
- 学校で評価されるのは、しばしば身体化された文化資本(言葉づかい、振る舞い、教養)
- そしてそれは、家庭環境で身につけたものに、強く左右される
ことを示しました。 つまり、学校は「公平な競争」を装いながら、実際には家庭の文化資本の差を測っている。 結果として、文化資本のある家庭の子どもが優位に立ち、階層が次の世代に再生産される──。 これが、ブルデューの『再生産』(1970、パスロンとの共著)の中心テーゼでした。
6. インタビュー研究と、文化資本
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、文化資本の手応えは、しばしば登場します。
- 「実家に本がたくさんあって、自然と読む習慣がついた」
- 「親が美術館や音楽会に連れて行ってくれたことが、いまの仕事に効いている」
- 「言葉づかいや、人との距離感が、家庭で身についていた」
- 「逆に、自分の家にはそういうものがなくて、いまだに引け目がある」
これらの語りは、家庭環境が個人の人生に与える影響を、生身の経験として教えてくれます。 文化資本の補助線を持っていると、こうした経験を、たんなる「家庭の差」ではなく、社会の階層構造のなかでの資本の運動として読み直すことができます。
7. 現代社会と、文化資本の更新
ブルデューの議論は、1970年代のフランスを舞台にしたものですが、現代社会にもそのまま当てはまります。 むしろ、新しい形で広がっています。
- 親の教育投資(塾、習い事、留学)の格差
- デジタルリテラシーの世代間・階層間の差
- SNSでの自己表現の文化資本
- 「丁寧な暮らし」「ミニマリスト」のような新しい身体化された文化資本
文化資本の議論は、いまも更新され続けています。 「自分は何の文化資本を持っていて、どんな界で戦っているのか」を意識することは、現代を生きる戦略にも直結します。
結び
文化資本論は、お金だけでは見えない不平等を、社会学のことばで可視化した、極めて重要な仕事でした。
「自助努力で報われる社会」という近代の理想を、ブルデューは現実に照らして問い直しました。 家庭で身についた文化資本が、学歴に変換され、職業に変換され、所得に変換される──。 この循環構造が見えないままでは、社会の不平等は永遠に「個人の責任」に閉じ込められてしまいます。
文化資本の議論は、社会学のもっとも力強い遺産のひとつです。
参考資料
- ピエール・ブルデュー『再生産』(1970)、『ディスタンクシオン』(1979)
- ブルデュー&パスロン『Cultural Reproduction and Social Reproduction』(1973)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「文化資本」
- 関連:ソーシャルキャピタル(#11)、学校文化(#89)、社会的差異化(#22)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】