はじめに

同じ機能のバッグでも、ブランドが違うだけで値段が10倍違うことがあります。 同じカフェイン飲料でも、スターバックスの紙コップを持って歩くのと、コンビニのペットボトルとでは、自分にも他人にも違って見える。

なぜでしょうか。

この問いを、20世紀の消費社会論の中心テーマとして扱ったのが、フランスの社会学者ジャン・ボードリヤール(Jean Baudrillard)でした。 今回取り上げる社会的差異化(social differentiation through consumption)です。

1. ヴェブレンの「誇示的消費」──前史として

ボードリヤールの議論の前に、ひとり、押さえておきたい社会学者がいます。 アメリカのソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)。

ヴェブレンは1899年の『有閑階級の理論』のなかで、誇示的消費(conspicuous consumption)という概念を提示しました。 これはひとことでいえば、

生活上の利便性や商品の必要性を目的とした消費ではなく、社会的地位や威信を見せびらかす非生産的な消費活動

を指します。

宝石、毛皮、高級馬車──これらを買うのは、生活に必要だからではなく、買えること自体を周りに見せるためだ、というのがヴェブレンの観察でした。 消費を通じて、自分と他者の差異化が行われていく。 ここに、消費社会論の出発点があります。

2. ボードリヤールの「記号消費」と「社会的差異化」

ボードリヤールは1970年の著作『消費社会の神話と構造』で、この議論をさらに進めました。

彼によれば、現代の消費は、商品の機能や使い心地のためではなく、商品が何を意味しているか(=記号)のために行われている。 これが記号消費です。

そして、人々は記号を消費することで、自分と他者の差異を作り出している。 これが社会的差異化です。

「ブランドのバッグを持っている自分」「無印良品の生活をしている自分」「ヴィンテージしか着ない自分」──。 これらはすべて、商品の機能ではなく、商品の意味(記号)を通じて、自分の位置を社会のなかに刻み込む行為です。

3. ヴェブレンとボードリヤールの違い

ヴェブレンとボードリヤールは、似たような議論をしているように見えて、対象としている社会が違います。 ここを混同しないことが大切です。

つまり、ヴェブレンの世界では「上の階級に見られたい」という縦の競争が中心でした。 ボードリヤールの世界では「他の人と違う自分でありたい」という横の差異化が中心になります。

ミニマリスト、サブカル、ヴィンテージ、ファストファッション、ロハス、ガジェット好き──。 現代の消費は、上下の階層よりも、無数の横のグループにどう所属するかをめぐって行われている、というのがボードリヤールの見方です。

4. SNS時代の社会的差異化

ボードリヤールの議論は、SNSの時代にますます鋭く感じられます。

InstagramやTikTokで投稿される写真は、商品の機能ではなく、商品とその人の組み合わせが意味するものを伝えています。 何を買ったかではなく、何を「持っている自分を見せたいか」が重要になっている。

ハッシュタグ、アカウントのテーマカラー、フィードの統一感──。 これらはすべて、自分という記号を社会のなかでどう差異化するかの作業です。

5. インタビュー研究と、社会的差異化

Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聴く語りのなかにも、社会的差異化の痕跡はたくさん残っています。

これらは、その人が「どんな差異」のなかに自分を置いているかを示しています。 持ち物・服・趣味・話し方・住む場所──すべてが、社会的差異化の道具になっている。

ただし注意したいのは、これは「人を表面で判断していい」という話ではないことです。 むしろ、私たちが日々、無意識に行っている差異化のゲームを意識化する、ということ。 意識化すれば、ゲームから少し距離を取って、別の選び方ができるようになります。

結び

私たちは、モノを買っているようで、じつは記号を買っている。 そして、その記号によって、自分の社会的な位置を細かく差異化している。

これはネガティブな話ではなく、人間社会の仕組みのひとつです。 ボードリヤールが提示した「社会的差異化」は、自分の選択を少し距離を置いて見るためのレンズになります。

「自分はなぜ、これを選んだのか」──。 このシンプルな問いを、社会学の補助線つきで考えると、ふだんの買い物さえ、社会の縮図に見えてきます。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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