はじめに
「父が働き、母が家を守り、子どもが2〜3人いる、ちょっと郊外の戸建てに住む家族」──。 昭和の日本のドラマや映画で、「ふつうの家族」として描かれてきたのは、たいていこんなイメージでした。
ですが、これは「昔からあった家族のかたち」でしょうか? じつは、こうした家族のイメージは、近代になって作られたものです。
このことを、社会学・家族社会学のことばで整理したのが、今回取り上げる近代家族(modern family)です。
1. 近代家族とは何か
近代家族は、ひとことでいえば、
近代における家族の理念型。
を指します(吉岡のノートより)。
「理念型」(ideal type)とは、マックス・ウェーバーの用語で、現実の複雑な現象を理解するために抽象化された、純粋な型のこと。 近代家族は、現実に存在するすべての家族をそのまま指すのではなく、近代以降の家族のあり方を理念型として整理したものです。
アメリカの歴史家エドワード・ショーター(Edward Shorter)らが、1970年代以降、「家族とは、こういうものだ」という現代の常識が、近代以降に成立したものであることを論じました。 これが、家族社会学における「近代家族」概念の出発点です。
2. 前近代家族との対比
近代家族の特徴は、前近代家族との対比で、はっきり見えてきます。
前近代の家族の特徴:
- 家父長制的な支配関係:父・夫が、家のなかで絶対的な権威を持つ
- 縦の親族の結びつきの強さ:祖父母・親・子・孫の世代を通じた、血縁の結びつき
- 第一次産業を前提とした二世帯・三世帯居住:農業や漁業を支えるため、多世代が同居して働く
近代家族の特徴:
- 夫婦と親子の愛情的な結びつき:縦よりも、横の関係(夫婦)が中心になる
- 核家族化:両親と未婚の子で構成される、小さな家族
- 情緒的親密性の増加:家族は経済的な単位だけでなく、感情を共有する場
- 市場労働と区別された、家庭内労働の出現:父親が外で稼ぎ、母親が家を守る分業
- 子ども中心主義:子どもを大切に育てることが、家族の中心的な営みになる
近代家族は、前近代家族と比べて、
- 大きさが小さくなった(多世代同居 → 核家族)
- 関係が情緒的になった(経済的結びつき → 愛情の結びつき)
- 役割が性別で分業された(男性は外、女性は家のなか)
- 子どもの位置が中心になった(働き手 → 育てる対象)
──という、大きな変化を経験しています。
3. 近代家族は「自然」ではない
近代家族論のいちばん大事な指摘は、「いまの『ふつうの家族』は、自然なものではなく、近代以降に作られたものだ」という点です。
ショーターをはじめとする家族史研究者たちは、近代以前の家族が、
- もっと感情の冷たい関係だった可能性
- 子どもへの愛情が、いまほど強くなかった可能性
- 結婚が、愛より経済や血統の問題だった可能性
- 多世代同居が、日常の前提だったこと
──などを、史料から明らかにしてきました。 私たちが「家族は愛で結ばれているのが当たり前」「子どもは大切にされて当たり前」と思っていることは、じつは近代以降の特殊な歴史的構築物なのです。
この発見は、家族のあり方を相対化することに大きな意義がありました。 「家族とはこういうもの」という固定観念を、歴史的に見直す道を開いたのです。
4. ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの観点から
近代家族は、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(→ #16)の対比でも整理できます。
- 前近代家族:地縁・血縁、性別、人種などの属性で結びつくゲマインシャフト的な大家族
- 近代家族:個人主義的で、都市に居住し、自発的要素が強いゲゼルシャフト的家族
近代家族でも、親族関係は基盤ですが、二世帯・三世帯での居住は少なくなり、核家族が中心になります。 そして、近代家族の内部では、情緒的な親密さ、家事労働と市場労働の区別、専業主婦の出現──といった、近代に特有の特徴が現れます。
5. 近代家族論への批判
近代家族論は、家族を相対化する意義が大きい一方で、批判もあります。
ひとつ目は、画一化への批判。 「近代家族はこういうもの」と整理することで、現実の多様な家族のあり方が、「典型」と「例外」に分けられてしまう。 ひとり親家庭、共働き家庭、子どものいない家庭、同性パートナーの家庭──。 これらが「近代家族の例外」として周辺化されるリスクがあります。
ふたつ目は、ジェンダー規範の強化。 近代家族の「男は外、女は家」の分業は、女性の社会進出を抑圧する文化的規範を強めてきました。 近代家族のモデルそのものが、性別役割分業の前提になっている。
三つ目は、西洋中心主義。 ショーターらが描いた近代家族は、西洋(特に北西ヨーロッパ)の家族の歴史を元にしています。 日本やアジアの家族の変化を、そのまま当てはめるのは、無理がある場合があります。
6. 現代社会と、家族のかたち
20世紀後半以降、近代家族のモデル自体も、揺らぎ始めています。
- 共働きの一般化(専業主婦モデルの後退)
- 離婚率の上昇、ひとり親家庭の増加
- 同性パートナーシップ、選択的夫婦別姓の議論
- 混合家族(→ #67)の増加
- 結婚せずに事実婚を続ける選択
- 子どもを持たない選択(DINKS)
- 「おひとりさま」の生き方
これらは、近代家族のモデルからの「逸脱」ではなく、近代家族を超える新しい家族のかたちとして、社会学的に位置づけ直されつつあります。
「家族とは何か」という問いが、改めて問い直されている時代。 それが、いまの私たちが生きている時代です。
7. インタビュー研究と、近代家族
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、近代家族のモデルとの関係は、しばしば登場します。
- 「両親が、典型的な近代家族の形を生きていた」
- 「自分は、その形を引き継ぐつもりだったが、結局違う道を選んだ」
- 「近代家族の理想と、現実のギャップに苦しんだ」
- 「子どもには、もっと多様な家族の形を見てほしい」
これらの語りは、近代家族のモデルが、いまも私たちの「家族観」を強く規定していることを示しています。 そして、そのモデルとの距離をどう取るかが、ひとりひとりの人生の選択になっている。
近代家族の補助線を持っていると、こうした語りを、家族の歴史的構築物と個人の選択の交差として読みほぐすことができます。
結び
「家族は、こういうもの」という常識は、自然なものではありません。 近代以降の特定の歴史的状況のなかで、作られてきたものです。
そして、そのモデルは、いままさに大きく変わろうとしています。 近代家族の理念型を相対化し、より多様な家族のかたちを認めていく動きが、世界中で広がっています。
「ふつうの家族」を疑い、「家族って何だろう」と問い直す。 このシンプルな問いが、これからの社会のかたちを考える、ひとつの出発点になります。
参考資料
- エドワード・ショーターの近代家族論
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「近代家族」
- 関連:家族と世帯(#38)、定位家族と生殖家族(#39)、混合家族(#67)、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(#16)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】