はじめに
人生のなかで、私たちは原則として、ふたつの家族を経験します。 ひとつは、自分が生まれた家。両親、きょうだいがいて、自分が幼少期を過ごした場。 もうひとつは、自分がつくる家。パートナーと、もしいれば子どもとの暮らしの場。
このふたつを区別することばが、今回取り上げる定位家族(family of orientation)と生殖家族(family of procreation)です。
1. 定位家族とは何か
定位家族は、ひとことでいえば、
個人が出生時に所属する家族。
を指します(吉岡のノートより)。
英語の "family of orientation" は、「方向づける家族」というニュアンス。 人が世界と最初に出会う場所、その人の価値観や習慣、感受性が方向づけられる場所、という含意です。
中心的な関係は、親子関係です。 親と子の関係を軸に、きょうだい関係などが組み合わさって、定位家族は構成されます。
2. 生殖家族とは何か
これに対して、生殖家族は、
個人が婚姻によって形成する家族。
を指します。
英語の "family of procreation" は、もともと「生殖の家族」というニュアンスで、子どもをもうけるための家族、という意味合いを含みます。 ただし、現代では子どもを持つかどうかは個人や夫婦の選択であり、必ずしも生殖が中核ではなくなっています。
中心的な関係は、夫婦関係(あるいはパートナーシップの関係)です。 パートナー同士の関係を軸に、もし子どもがいればその親子関係が加わって、生殖家族が構成されます。
3. ふたつの家族の、立場の違い
同じ人でも、定位家族のなかでは「子」の立場、生殖家族のなかでは「親」の立場、というふうに、役割が違ってきます。 さらに、生殖家族を持たない人もいる──結婚しない、パートナーを持たないという選択をすると、その人は定位家族だけを経験することになります。 逆に、定位家族と生殖家族の両方を経験する人は、人生のなかでふたつの家族をまたぐ移行を体験します。
ライフコース論(→ #26)では、この定位家族から生殖家族への移行が、人生のひとつの大きな節目として扱われてきました。 結婚、出産、子育て、子の独立──こうした出来事が連なる過程は、定位家族と生殖家族のバランスが変わっていく過程でもあります。
4. 「家族」概念の前提
ここで注意したいのは、定位家族と生殖家族という枠組みが、ある種の家族モデルを前提にしていることです。
「人は結婚し、子をもうけ、生殖家族を作るもの」──という近代家族の規範が、この用語にはうっすら染み込んでいます。
ですが、現代社会では、
- 結婚せずパートナーシップを続ける
- 子どもを持たない選択をする
- 同性パートナーと家族を作る
- ステップファミリー(再婚で子連れの家族を形成する)
- 養子縁組で家族を作る
- 単身で生きる
──といった、多様な家族のかたちがあります。 そのなかでは、「定位家族/生殖家族」という単純な二分法では捉えきれないケースも増えています。
それでもこの用語が便利なのは、家族に関する語りを聴くとき、どの段階の家族の話をしているかを整理できるからです。 「私の家族は……」と語られる言葉が、生まれた家のことなのか、いま作っている家のことなのか、区別するための補助線になります。
5. インタビュー研究と、ふたつの家族
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかには、定位家族と生殖家族のあいだのずれや継承が、しばしば登場します。
- 「父との関係は微妙だったから、自分は子どもにちゃんと向き合いたい」
- 「実家のあり方を、結婚しても引きずってしまう」
- 「親から受けた価値観を、自分は子に渡したくない」
- 「実家との距離感をどう取るか、夫と何度も話し合った」
これらの語りは、定位家族で身についたものが、生殖家族のなかでどう生かされ、あるいは克服されようとしているかを示しています。 人は、まったく白紙からパートナーシップを作るのではなく、定位家族のなかで身につけた家族観を持ち込んで、生殖家族を組み立てていきます。
そこに継承と葛藤、再演と書き換えが生まれる──。 インタビュー研究の面白さの一端は、この層を丁寧に追えることだと思います。
結び
「家族」と一言でいっても、生まれた家のことを指すか、つくった家のことを指すかで、語りの意味は大きく変わります。
定位家族と生殖家族の区別は、家族社会学の基本中の基本ですが、自分の人生を振り返るときにも、誰かの語りを聴くときにも、有効な補助線です。
「私の家族」と誰かが言ったとき、それがどちらの家族を指しているか。 そのことに一拍置いて気づけるだけで、家族の話の聴き方は、ぐっと豊かになります。
参考資料
- ジョージ・P・マードックの家族類型論
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「定位家族と生殖家族」
- 関連:家族と世帯(#38)、ライフコース(#26)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】