はじめに
#94 で取り上げた方法論的集団主義は、「社会は、個人の総和を超えた独自の実在だ」という立場でした。 デュルケームに代表されるこの立場は、社会学のひとつの大きな伝統です。
今回取り上げるのは、その対概念──方法論的個人主義(methodological individualism)です。 こちらの立場は、ウェーバーの理解社会学などに代表されます。 社会学のなかでは、もうひとつの大きな伝統と言えます。
1. 方法論的個人主義とは何か
方法論的個人主義は、ひとことでいえば、
社会事象を一つの客観的実在と見るのではなく、構成諸要素との相互関係からなるものとし、個々の要因の分析から出発して対象全体の特性を把握しようとする立場。
を指します(吉岡のノートより)。
ポイントは、
- 社会現象を、それ自体として独立した実在と見ない
- 個人の行為、個人間の相互関係から、社会現象を組み立てて説明する
──というアプローチです。
つまり、「個人から社会へ」と説明を組み立てていく姿勢が、方法論的個人主義の核心です。
2. マックス・ウェーバーの理解社会学
方法論的個人主義の代表が、マックス・ウェーバー(Max Weber)の理解社会学(verstehende Soziologie)です。
ウェーバーは、社会学を次のように定義しました。
社会的行為を、意味解明的に理解し、それを通じてその経過と結果とを因果的に説明しようとする科学。
ここで重要なのは、ふたつのキーワードです。
ひとつ目は、社会的行為(soziales Handeln)。 ウェーバーにとって、社会の基本単位は「個人の社会的行為」でした。 それは、他者を意識して行う行為のことです。
ふたつ目は、意味理解(Verstehen)。 社会的行為を理解するためには、その行為を行う個人の主観的な意味を理解する必要がある、というのがウェーバーの主張でした。
つまり、
- 社会を把握することは、基本単位となる個人的行為を把握することである
- 個人の社会的行為を理解するためには、行為者の主観的な意味の理解が必須である
──これが、ウェーバーの理解社会学の核心です。
3. なぜ「意味」が大事なのか
ウェーバーが「意味の理解」を強調したのには、深い理由があります。
社会現象は、自然現象と違って、それを行う人々の意図や信念と切り離せません。 たとえば、
- 同じ「手を上げる」という行為でも、挨拶なのか、抗議なのか、質問なのか、ぜんぜん違う
- 同じ「結婚」という行為でも、経済的理由か、愛か、伝統か、人によって意味が違う
- 同じ「働く」という行為でも、生活のためか、自己実現か、宗教的義務か、まったく違う
行為の外側だけを見ても、その意味は分かりません。 行為者にとってその行為が何を意味していたかを、内側から理解する作業が必要です。 これが、ウェーバーの「理解」の核心です。
4. 方法論的個人主義の長所
方法論的個人主義の長所は、いくつかあります。
ひとつ目は、人間の意志と意味を尊重すること。 社会を「個人を超えた実在」として扱うと、個人の自由や選択が小さく見えてしまう。 方法論的個人主義は、個人の行為と意味を出発点に据えることで、人間の主体性を保ちます。
ふたつ目は、現象の細部まで分析できること。 社会現象を、個人の行為に分解して見ていくと、そのメカニズムが具体的に見えてきます。 「なぜ起きたのか」「どうやって起きたのか」を、ミクロから明らかにできる。
三つ目は、経験的な検証がしやすいこと。 個人の行為や意識は、調査・観察・インタビューで確かめやすい。 社会全体の「実在」は、直接観察できないけれど、個人の行為は観察できます。
5. 方法論的個人主義の限界
ですが、方法論的個人主義にも、限界があります。
ひとつ目は、創発特性を見落としやすい。 社会には、個人の総和を超えた性質(→ #94)があります。 それを、個人レベルに還元しすぎると、見えなくなる現象がある。
ふたつ目は、構造の影響を過小評価しやすい。 個人の意志に焦点を当てすぎると、社会構造が個人を縛っている力(→ #15 存在拘束性、#69 合法的支配)が見えにくくなる。
三つ目は、集合的な制度や規範の扱いが難しい。 法律、宗教、文化、市場、官僚制──これらは、個人の行為だけでは説明しきれません。
6. ブルデューによる橋渡し
20世紀後半、方法論的個人主義と方法論的集団主義のあいだを橋渡しする試みがいくつかありました。 そのひとつが、フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)です。
ブルデューは、
- ハビトゥス:個人に内面化された、行為の傾向。社会的構造が個人のなかに刻まれた「身体化された構造」
- 場(champ):個人が行為する社会的領域
──というふたつの概念を組み合わせました。 個人の行為は、自由な選択ではなく、社会的構造がハビトゥスとして内面化された結果でもある。 ですが同時に、個人が行為することで、場のかたちも変わっていく。
つまり、
- 構造が個人を作り
- 個人が構造を作る
──という、相互的な関係。 これによって、ブルデューは方法論的個人主義と方法論的集団主義の両方を超えようとしました。
7. 現代社会学における議論
現代の社会学では、方法論的個人主義と方法論的集団主義の対立は、依然として続いています。 ですが、両者を組み合わせる試みも、活発に行われています。
- 構造化理論(アンソニー・ギデンズ)
- アクター・ネットワーク理論(ブルーノ・ラトゥール)
- 創発主義(emergentism)
- マルチレベル分析(→ #96)
これらは、いずれも「個人と社会のあいだの絡まり」を、より丁寧に扱おうとする試みです。
8. インタビュー研究と、方法論的個人主義
TSIR のインタビュー研究は、まさにウェーバーの意味理解の伝統のなかにあります。
ひとりの語り手の言葉を聴くとき、私たちは、
- その人の行為の外側の事実だけを記録するのではなく
- その行為が、その人にとってどんな意味を持っていたかを聴く
- 主観的な意味の世界を、丁寧に再構成する
これは、まさに方法論的個人主義の精神です。 ライフヒストリー研究は、個人の意味世界から、社会の構造に迫っていく方法だと言えます。
結び
方法論的個人主義と方法論的集団主義は、社会学のもっとも基本的な対立軸のひとつです。
どちらか一方が正しいのではなく、それぞれが捉える社会の側面が異なる。 個人と社会のあいだの絡まりを、双方向から見ていくこと。 これが、現代の社会学の標準的な姿勢になりつつあります。
TSIR のような質的研究は、ウェーバーの意味理解の伝統のうえに立っています。 ですが、それは「集団的なものを無視する」ことではありません。 個人の語りを通じて、社会の構造を浮かび上がらせる──。 この往復運動こそ、ライフヒストリー研究の核心です。
参考資料
- マックス・ウェーバー『社会学の根本概念』ほか
- ピエール・ブルデュー『実践感覚』『社会学者のメチエ』
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「方法論的個人主義」
- 関連:方法論的集団主義(#94)、価値自由(#30)、存在拘束性(#15)、相対主義 vs 相関主義(#86)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】