はじめに
「自分の意見」「自分の考え」と、私たちは普通に言います。 ですが、その意見や考えは、本当に「自分」のものなのでしょうか。
社会学のなかには、この問いに正面から取り組んだ分野があります。 知識社会学。そのなかでも、ハンガリー生まれのドイツの社会学者カール・マンハイム(Karl Mannheim)が立てた中心概念が、今回取り上げる存在拘束性(Seinsgebundenheit/existential determination)です。
1. 存在拘束性とは何か
存在拘束性は、ひとことでいえば、
人間の知識やイデオロギーは、それ自体の内的な法則によってのみではなく、その人のおかれた社会的条件(社会的存在)によって規定されるものだ、という考え方。
を指します(吉岡のノートより)。
マンハイムは1929年の著作『イデオロギーとユートピア』で、この概念を中心に据えました。 直訳すれば「存在に拘束されている性質」。 私たちが何を考え、どう判断し、何を信じるか──そのすべては、私たちが生きている社会的な位置(階級、世代、職業、ジェンダー、地域、時代…)によって、ある程度規定されている、という見立てです。
2. なぜマンハイムはこれを問題にしたのか
マンハイムが生きていた1920〜30年代のヨーロッパは、思想と政治が激しく衝突する時代でした。 左派と右派、保守と進歩、宗教とマルクス主義──それぞれが「自分こそが普遍的に正しい」と主張し、譲らない。
マンハイムは、こう問いました。
それぞれの「正しさ」は、本当に普遍的なのか? それは、その人や集団がおかれた社会的位置から見えている景色なのではないか?
この問いから、彼は知識やイデオロギーを、それを生み出した社会的位置とセットで分析する知識社会学を作っていきます。
「考えそのもの」だけを見ても、その意味は半分しかわからない。 「誰が、どんな位置から、それを考えたのか」を一緒に見ることで、ようやく知識の輪郭が見えてくる──というのが、マンハイムの提案でした。
3. 「自由浮動的インテリゲンチア」という処方箋
ただ、ここでマンハイムは難問にぶつかります。 すべての知識が存在に拘束されているなら、誰も真理を語れなくなるのではないか?
これを彼は、自由浮動的インテリゲンチア(freischwebende Intelligenz)という考え方で乗り越えようとしました。
知識人は、特定の階級や利害から比較的自由な位置にいるとされます。彼らは、さまざまな立場のものの見方を引き寄せ、突き合わせて、より広い視野から知識やイデオロギーの真理性を見定めることができる、と。
この「自由浮動的インテリゲンチア」という発想自体には、批判もあります(本当にそんな立場はあり得るのか、という問い)。 ですが、知識を生み出すときにできるだけ多くの立場の見え方を引き寄せて検討する、という姿勢の重要性は、いまの社会学にも引き継がれています。
4. インタビュー研究と、存在拘束性
Tapi在野研究ネットワークがインタビューでひとりの語りを聴くとき、私たちはこの「存在拘束性」を、ふたつの方向で意識します。
ひとつ目:語り手の言葉が、どんな社会的位置から発せられているかを読む。 同じ「子どもを持つ理由・持たない理由」について語っていても、世代、性別、職業、地域、家族構成によって、見えている景色は違います。 語り手の位置を、語りと一緒に押さえることで、その言葉の意味がより正確に立ち上がってきます。
ふたつ目:聴き手である私自身も、ある社会的位置から聴いていることを忘れない。 私(吉岡)は、ある世代、性別、職業、地域に位置している社会学研究者です。私がインタビューで「何が面白い」と思うか、「何を聞き返したいと思うか」も、私の位置に拘束されている。 これを忘れて「客観的に聴いている」と思い込むと、研究の妥当性は崩れます。
このふたつを行き来する自己観察のことを、社会学では反省性(reflexivity)と呼ぶこともあります。
5. 存在拘束性は、私たちを縛るのか
「考えが存在に拘束されている」と聞くと、自由が制限されているように感じるかもしれません。 ですが、マンハイムの主張は逆です。
存在に拘束されていることを自覚することで、初めて、私たちは自分の見方の限界を知り、別の見方を引き寄せる準備ができる。
存在拘束性は、自由を奪う言葉ではなく、自分の知性を相対化するための鏡です。 Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通じて、自分とは違う社会的位置の人の語りを聴き続けているのも、結局はこの鏡を磨くためでもあります。
結び
「自分の意見」と私たちが呼んでいるものは、ある社会的位置からの眺めです。 このことを覚えておくと、自分の考えにも、他人の考えにも、もう少し丁寧な向き合い方ができるようになる。
知識社会学は、その手前にある常識を、もう一度問い直すための言葉です。
参考資料
- カール・マンハイム『イデオロギーとユートピア』(1929)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「存在拘束性」
- コトバンク「存在被拘束性」
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】