はじめに
同じ病院の患者は、似た治療を受けている。 同じ学校の生徒は、似た指導を受けている。 同じ職場の人々は、似た文化のなかで働いている。
つまり、データが「グループ」に分けられるとき、そのグループ内のデータは互いに似通っていることがあります。 この「グループ内の似通い度合い」を、ひとつの数字で表す指標が、今回取り上げる級内相関係数(intra-class correlation, ICC)です。
1. 級内相関係数とは何か
級内相関係数は、ひとことでいえば、
あるデータセットに関して、そのデータがグループに分けられ、グループごとにまとまりがあること、を測る指標。
を指します(吉岡のノートより)。
もう少し正確に言うと、
すべての誤差分散(τ² + σ²)に占めるグループ間分散(τ²)の割合。
数式で書くと、
ICC = τ² / (τ² + σ²)
ここで、
- τ²(タウの二乗):グループ間の分散(グループごとの平均値のばらつき)
- σ²(シグマの二乗):グループ内の分散(各グループ内のばらつき)
を指します。
この比率が高い場合、グループごとのまとまりが強い、ということになります。
2. 直感的に理解する
具体例で考えてみましょう。
ある研究で、複数の病院の患者の血圧データを集めたとします。
ケース1:
- 病院Aの患者:平均120で、±5の範囲でばらついている
- 病院Bの患者:平均122で、±5の範囲でばらついている
- 病院Cの患者:平均121で、±5の範囲でばらついている
この場合、病院ごとの違い(グループ間分散)は小さい。 むしろ、同じ病院内でも患者の血圧はばらついている(グループ内分散が大きい)。 → ICCは低い
ケース2:
- 病院Aの患者:平均110で、±3の範囲でばらついている
- 病院Bの患者:平均130で、±3の範囲でばらついている
- 病院Cの患者:平均150で、±3の範囲でばらついている
この場合、病院ごとの違い(グループ間分散)は大きい。 同じ病院内のばらつき(グループ内分散)は小さい。 → ICCは高い
ICCが高いほど、「どの病院に属しているかによって、データが大きく変わる」と言えます。
3. なぜ級内相関係数が大事か
級内相関係数が重要なのは、ふたつの理由があります。
ひとつ目は、マルチレベル分析(→ #96)の必要性を測るため。 ICCが小さければ、グループの違いはあまり大きくないので、わざわざマルチレベル分析を使う必要は薄い。 ICCが大きければ、グループの違いが無視できないので、マルチレベル分析でグループ効果を取り扱う必要がある。
ふたつ目は、通常の回帰分析の前提が成立するか確かめるため。 通常の回帰分析は、データが独立であることを前提にします。 ですが、ICCが高い場合、データがグループ内で似通っているので、独立の前提が崩れます。 これを無視して通常の回帰分析を使うと、検定の信頼性が落ちます。
つまり、級内相関係数は、
「このデータに、グループ構造を考慮した分析が必要かどうか」を判断する目印。
なのです。
4. マルチレベル・モデルとの関係
級内相関係数は、マルチレベル・モデル(→ #96)の理論の基盤になっています。
最も単純なマルチレベル・モデル(「ヌルモデル」とも呼ばれます)では、被説明変数Yを、
- 平均値(全体平均 β₀)
- それでは吸収しきれない部分(誤差)
──に分解します。
そして、誤差を、
- レベル1の誤差(r):グループ内の個人レベルでのばらつき
- レベル2の誤差(u₀):グループ間の平均値のばらつき
──に分けて扱います。
それぞれの分散をσ²、τ²とすると、級内相関係数 ICC = τ² / (τ² + σ²) になる、というわけです。
ヌルモデルでICCを計算することによって、「そもそも、このデータにグループ構造があるのか」を最初に確かめる──これは、マルチレベル分析を行うときの定型的な手順です。
5. 説明変数を入れたモデル
ICCを計算するだけでなく、説明変数を入れたマルチレベル・モデルでは、さらに精密な分析ができます。
通常の回帰分析では、
- 切片β₀
- 傾きβ₁
──は、ひとつの値に決まります。 ですが、マルチレベル・モデルでは、これらにグループごとの違いを導入することができます。
- 切片:γ₀₀(切片の全体平均)+ u₀(グループごとの切片の誤差)
- 係数:γ₁₀(傾きの全体平均)+ u₁(グループごとの傾きの誤差)
u₀ や u₁ が大きければ、グループによって切片や傾きが大きく違うことになります。 これは、「同じ説明変数の効果が、グループによって違う」という、社会学的に興味深い現象を捉えるための仕組みです。
逆に、u₀ や u₁ が小さければ、グループの違いを考慮する必要は薄い。 ICCが小さいケースと同じく、シンプルな単一レベルの回帰分析で十分、ということになります。
6. 混合効果モデルという呼び名
マルチレベル・モデルは、しばしば混合効果モデル(mixed effect model)と呼ばれます。 これは、モデルの説明項のなかに、
- 固定効果(fixed effect):すべての集団に共通する効果
- ランダム効果(random effect):母集団からのサンプル抽出による効果(誤差を含む)
──の両方が混在しているからです。
固定効果は、有限個の要素で決まる効果。 ランダム効果は、サンプリングの仕方によって変わる効果。
このふたつをひとつのモデルに混ぜて扱えるのが、混合効果モデルの強みです。
7. シンプルなモデルを優先する
ここでひとつ、社会調査の作法として大事な点があります。
マルチレベル・モデルにおいて、グループ・レベルの切片や係数の分散が確認できなければ、わざわざマルチレベル・モデルを使う必要はない。
マルチレベル・モデルは柔軟性が高い反面、計量分析で重視されるモデルの倹約性(parsimony)を失うことにつながります。 より単純なモデルで説明できるなら、そちらを使うほうがよい──というのが、統計分析の基本的な姿勢です。
級内相関係数を最初に計算するのは、「単純なモデルで足りるか、複雑なモデルが必要か」を見極めるためでもあります。
8. インタビュー研究と、級内相関の発想
TSIR のインタビュー研究では、級内相関係数を計算するわけではありません。 ですが、「グループ内の似通い」に意識を向けるのは、質的研究にも生きる発想です。
同じ業界、同じ世代、同じ地域、同じ性別の語り手が、
- 似た言葉づかいで語る
- 似た悩みを共有している
- 似た解釈の枠組みを持っている
──ということに気づくと、そこには社会的な構造が見えてきます。 逆に、同じ集団のなかでも、語り手によって大きく違う部分があるなら、その多様性にも目を向ける必要があります。
級内相関の発想は、つまり、「個人と集団のあいだの関係を、どう読みほぐすか」という、社会学の核心的な問いに通じます。
結び
級内相関係数は、マルチレベル分析の世界でいちばん基礎にある指標です。
「データのなかにグループ構造があるか」「それを考慮する分析が必要か」を判断する、最初の目印。 それと同時に、「集団のまとまり」を数値で示す、社会学的に意味のある指標でもあります。
数式は少し難しく見えますが、考え方はシンプルです。 グループ間の違いと、グループ内のばらつき──そのバランスを、ひとつの比率で表す。 ここから、社会の構造をより精密に分析する道が、開かれていきます。
参考資料
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「級内相関係数」
- 関連:マルチレベル分析(#96)、分散(#100)、重回帰分析(#70)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】