ひとことで言うと
「社会のなかにあって、個人の都合とは関係なく動いている事実」のことです。法律、慣習、流行、自殺率の動きなどが、その例として挙げられます。
定義
デュルケムは『社会学的方法の規準』(1895)において、社会的事実を「個人に外在し、拘束力をもつ行為・思考・感情の様式」と定義しました。これは、社会学が独自の対象を持つ学問であることを基礎づけるための鍵となる規定です。
社会的事実の特徴は、(1)個人意識への外在性、(2)個人に対する拘束力、(3)集合性、(4)歴史的・文化的に変動する固有のロジックを持つこと、にあります。「ものとして取り扱う(traiter comme des choses)」というデュルケムの方法的命令は、社会的事実を個人心理に還元せず、それ自体の規則性のなかで分析することを求めるものです。
文脈と歴史
19世紀末のフランスで、デュルケムは社会学を独立した学問として確立する作業に取り組みました。心理学への還元、形而上学的思弁、政治的議論との混同を避け、社会現象を社会自身のロジックのなかで分析する方法を整備したのが、彼の社会的事実論の中核です。
『自殺論』(1897)は、社会的事実の方法論的提示として古典的な位置を占めます。極めて個人的に見える「自殺」という行為が、地域・宗教・婚姻状態・経済状況といった社会的条件と結びつき、自殺率という集合的指標として独自の規則性を示すことを実証しました。
主要な論点
1. 個人と社会の関係
社会的事実論は、しばしば「個人を軽視している」と批判されてきました。しかしデュルケム自身は、社会的事実が個人を完全に決定するとは考えていません。むしろ、個人と社会のあいだに相互的だが非対称な関係があると見ていました。
2. 「ものとして扱う」の意味
「社会的事実をものとして取り扱う」というデュルケムの命令は、社会現象を研究者の先入観や道徳的評価から切り離して観察するという方法論的な構えを示しています。社会現象を実体化することではなく、客観的な観察対象として位置づけるための作業概念です。
3. 現代社会学への影響
社会的事実の概念は、現代の社会構造論、機能主義、社会システム論、計量社会学のいずれにも深く影響を与えています。現象学的社会学やシンボリック相互作用論のような主観性を重視する潮流ですら、デュルケムの問いを乗り越える対話のなかで自らを位置づけてきました。
TSIRの研究との関わり
TSIRのインタビュー研究は、個人の語りを聞くものですが、その語りを個人心理に閉じた現象として読まないことを基本姿勢としています。たとえば「子どもを持つ理由・持たない理由」プロジェクトで現れる「子どもを持つかどうか」をめぐる悩みや決断は、個人の心理に還元される問題ではなく、出生率の低下、家族規範の変化、労働市場の状況といった社会的事実のなかで生起する現象です。
個人の語りと、その背景にある社会的事実のあいだを行き来することで、TSIRは「個別の語りから社会を見る/社会から個別の語りを読む」双方向の分析を目指しています。
関連する用語
参考文献・参考資料
- エミール・デュルケム『社会学的方法の規準』(岩波文庫, 1978)
- エミール・デュルケム『自殺論』(中公文庫, 1985)
- 見田宗介他編『社会学事典』(弘文堂, 1988)
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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