ひとことで言うと
「もうこれ以上聞いても、新しいタイプの語りはあまり出てこないだろう」と判断できる地点のことです。質的研究をどこで区切るかを考える、ひとつの目安です。
定義
飽和(saturation)は、質的研究において、新たに収集されるデータからこれ以上は新しい概念・カテゴリー・関係性が浮かび上がらなくなった状態を指します。グラウンデッド・セオリー・アプローチでは、理論的に必要なすべてのカテゴリーが十分に展開された段階を「理論的飽和」と呼びます。
文脈と歴史
20世紀後半に体系化されたグラウンデッド・セオリー・アプローチのなかで、サンプリングと分析を循環させる手続きとともに重視されるようになりました。その後、より広い質的研究の文脈で「データ飽和」「テーマ飽和」など複数の用法に分化し、研究設計や論文の方法欄で頻繁に言及される語となっています。
主要な論点
1. 飽和の種類
「概念がそろう」段階と「概念どうしの関係まで安定する」段階は異なります。研究者は、どの水準の飽和を目指しているかを明示することが望まれます。
2. 判断の難しさ
飽和は研究者自身の判断によるため、別の研究者が同じデータを見ても結論が変わりうるという批判があります。判断の根拠を、分析過程の記録によって示すことが重要です。
3. サンプルサイズへの含意
飽和を基準にする場合、必要なサンプル数は固定的に決まりません。研究設計の段階では「飽和を確認するまで継続する」という方針として表現されることが多く、現実には資源との折り合いも必要です。
4. 多様性の確保との関係
飽和は単なる「同じ意見が続いた」ではなく、対象の多様性をどれだけ含んでいるかと組み合わせて評価される必要があります。理論的サンプリングと結びつけて議論されるのはこのためです。
TSIRの研究との関わり
TSIRが進めるインタビュー研究では、「子どもを持つ理由・持たない理由」「仕事・育児と創作」のように、語りの幅が広いテーマを扱っています。語りのカテゴリーがある程度出揃ってきたかどうかは、進捗判断のひとつの目安になります。
ただし飽和は、サンプルを早く打ち切る理由ではなく、続けるべき方向を見定めるための問いとして扱っています。プロジェクト「子どもを持つ理由・持たない理由」のような取り組みでは、すでに見えているカテゴリーの内側にこそ、まだ言語化されていない経験が残っていないか、繰り返し問い直しています。
関連する用語
参考文献・参考資料
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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