はじめに

「自分は社会の状況に縛られていて、自由なんて建前にすぎない」 「いや、人はいつだって自分の意志で選択できる」

このふたつの感覚は、どちらも、ときどき本当に思えてきます。 状況に押し流されているような自分と、それでも何かを選んでいるような自分。 このふたつのあいだで、どう生きるのか──。

20世紀半ばのフランスで、この問いに答えようとした思想が、今回取り上げるアンガージュマン(engagement)でした。 フランスの哲学者・作家ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)が、第二次世界大戦後に多用した言葉です。

1. アンガージュマンとは何か

アンガージュマンは、ひとことでいえば、

政治や社会の問題に進んで積極的に参加していくこと。

を指します(吉岡のノートより)。

もともとはフランス語の "engagement" で、契約、拘束、関与といった意味です。 第二次世界大戦直後、サルトルがこの語を「社会への積極的関与」という意味で繰り返し使ったことで、彼を中心とする無神論的実存主義の中心概念になっていきました。

2. サルトル哲学の前提:人間は「世界内存在」である

アンガージュマンを理解するためには、サルトル哲学の前提を押さえておく必要があります。

サルトルによれば、意識存在である人間は、めいめいが自由な選択によって過去を乗り越え、現に存在している自己を否定しつつ、まだ存在していないものをつくり出していきます。

人間のあり方は、次の二つを同時に含む、と彼は言います。

ひとつ目は、現在の状態からの自己解放。 人はいつでも、いまの自分から脱出する力を持っている。

ふたつ目は、まだ存在しない目的へ向かっての自己拘束(アンガージュマン)。 ですが、その脱出は、まだ存在していない目的に自分を縛りつけることでもある。

しかも、人間は「世界内存在」であって、他者とともに、あらかじめこの世界に拘束されている。 だから、それぞれの状況に働きかける各自の選択こそ、なによりも重視しなければならない──。 これが、サルトルが提示したアンガージュマンの基本構造です。

3. 狭義の政治参加だけではない

ここで誤解されやすいのですが、サルトルが言うアンガージュマンは、

狭い意味での政治行動や社会参加に限定されるものではない。

時代や状況に束縛されていながら、同時に自由な存在でもある人間が、自己を実現していくその仕方そのものを指しています。

つまり、デモに行くこと、署名すること、ボランティアをすることだけがアンガージュマンではない。 日々の選択、職業、人間関係、書くこと、教えること、研究すること──そうしたすべてが、状況に対する自分の関与であり、アンガージュマンの一部です。

そして、そこには各人の責任が強くつきまとう、極めて倫理的な思想でした。 状況に縛られているから自由ではない、と言ってしまえば責任から逃げられる。 ですが、サルトルはそれを許さない。状況に縛られていることを認めた上で、それでも選択し、責任を引き受けることが、人間のあり方だ、と。

4. 文学のアンガージュマン

サルトルはこのアンガージュマンを、文学の創造にも適用しました。

第二次世界大戦前の作家たち(とりわけ純粋芸術派)の無責任性を、彼は厳しく追及します。 そして、

同時代人のために書き、同時代に責任を負っていくことこそ、ものを書く人間のあるべき姿である。

として、「アンガージュマンの文学」を提唱しました。

ただし、彼自身も、徐々に狭い政治主義を脱していきます。 最終的には、作家が自分の独自性を深く掘り下げて、全体と普遍に迫ることこそ、文学のアンガージュマンだと考えるようになりました。 これは、サルトル自身のアンガージュマン概念の成熟だと言えます。

5. マルクス主義との接続、そして限界

サルトルは徐々にマルクス主義を受け入れていき、それに応じてアンガージュマンの概念も広がりを持つようになりました。 ついには、歴史の全体性への参加、という意味すら帯びるに至ります。

ですが、マルクス主義への傾倒は、ある種の限界も生みました。 「これが正しい歴史の方向だ」という方向づけが強くなると、自由な選択というアンガージュマンの根本が、パターナリズム的になりやすい──。 ここに、後の世代がサルトルを批判する余地が残されました。

6. 1960年代以後の継承

サルトルのアンガージュマンの流行は、第二次世界大戦後から1960年代まで、フランスだけでなく世界中の先進国の青年たちに強く訴える力を持ちました。

1960年代以後、流行としてのアンガージュマンはいったん終わります。 ですが、「個と全体を同時にとらえようとした試み」としての意義は、失われていません。

社会運動、ボランティア、NPO、市民研究、SNSでの発信──。 これらの活動の根底に、いまも「アンガージュマン」の精神が流れています。

7. インタビュー研究と、アンガージュマン

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、アンガージュマン的な瞬間は、しばしば現れます。

これらの語りは、その人が「状況に縛られていながら、なお選んでいる」瞬間を映し出しています。 アンガージュマンの補助線を持っていると、こうした選択を、ただの「行動の説明」ではなく、その人の存在のあり方の表現として聴くことができます。

結び

「状況に縛られながら、なお自由である」──。 サルトルのアンガージュマンは、この両立をどうやって生きるかを問いかけ続けてきました。

完全な自由も、完全な無力も、人間の現実ではない。 そのあいだで、何を選び、何に責任を引き受けるか。 これは、20世紀半ばの問いであると同時に、いまの私たちの問いでもあります。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

お問い合わせCONTACT