はじめに

「自由」という言葉は、よく使われる割に、難しい言葉です。 「自由に選んでいいよ」と言われると嬉しい。一方で、「自己責任で」と言われると、ちょっと冷たく感じる。 このふたつは、じつは同じコインの裏表だったりします。

近代以降の政治哲学のなかで、この「自由」を中心に据えてきた立場が、リベラリズム(liberalism/自由主義)です。

社会学・政策社会学の文脈でも、よく登場するキーワードなので、いちど整理しておきましょう。

1. リベラリズムとは何か

リベラリズムは、ひとことでいえば、

自由と平等な権利に基づく政治的および道徳的哲学。

を指します(吉岡のノートより)。

具体的に、リベラリズムが支持する価値を並べると、次のようになります。

非常に幅広い射程を持つ思想ですが、共通しているのは、個人の自由と平等な権利を、政治・社会の中心に置くという姿勢です。

2. 始祖たち:ロックとミル

リベラリズムの源流は、17世紀イギリスの哲学者ジョン・ロック(John Locke)に遡ります。

ロックは、

──といった、いまでは当たり前に聞こえる思想を体系化しました。 これらが、後のアメリカ独立宣言やフランス人権宣言の理論的支柱になります。

19世紀には、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)が『自由論』(1859)で、個人の自由のさらに精密な議論を展開しました。 ミルの他者危害原則(自分の行動が他人に危害を加えない限り、個人は自由であるべき)は、現代でも使われる原則です。

3. 20世紀のリベラリズム ── ロールズの正義論

20世紀後半、リベラリズムを哲学的に再構築したのが、アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズ(John Rawls)です。

ロールズは1971年の『正義論』で、「もし、自分がどんな立場で生まれるか分からないとしたら、どんな社会を望むか」という思考実験(無知のヴェール)を提示しました。

この思考実験から導かれるのが、

──という二原理です。 個人の自由を守りつつ、その自由を実質化するために、最も恵まれない人にも配慮する。 このバランスを取ったロールズのリベラリズムは、現代政治哲学の出発点になりました。

4. リベラリズムの「光」と「影」

リベラリズムは、近代社会の基礎を作った思想です。 人権、民主主義、市場経済、表現の自由──私たちがいま享受している多くのものは、リベラリズムの蓄積のうえに成り立っています。

ですが、リベラリズムには「影」もあります。

一つめは、個人主義の行き過ぎ。 「自分のことは自分で決める」を強調しすぎると、共同体の連帯や、互いへのケアが軽視されやすい。

二つめは、実質的な不平等への鈍感さ。 「機会の平等」を原則にしても、出発点が違いすぎる人々にとっては、自由競争は実質的に不平等になります。

三つめは、文化的多様性との緊張。 普遍的な人権を強調するリベラリズムは、特定の文化や伝統と衝突することがあります。

これらの「影」に対する応答として、コミュニタリズム(→ #42)や、リベラル左派、社会民主主義などが、リベラリズムを内側から鍛え直そうとしてきました。

5. インタビュー研究と、リベラリズム

TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、リベラリズム的な感覚は、しばしば顔を出します。

これらは、近代以降のリベラリズム的な価値が、私たちの日常感覚にどれくらい根を張っているかを示しています。

同時に、別の側面で、リベラリズムの「影」に困っている語りも出てきます。

ここに、リベラリズムを補完する別の思想(コミュニタリズム、社会民主主義など)の出番があります。 インタビューの語りを聴くと、抽象的な思想史が、生身の経験と結びついて立ち上がってきます。

結び

リベラリズムは、近代を形作ってきた思想であり、いまも私たちの常識の多くを支えている考え方です。

ですが、「自由」をどう実質化するか、「個人」と「共同体」をどうつなぐかという問いは、いまも開かれています。 自分が日常的に使っている「自由」「自分で決める」「自己責任」といった言葉が、どんな思想の系譜の上にあるのかを意識すると、社会についての対話が、少し違う質を持ち始めます。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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