はじめに

「男性のほうが女性より平均年収が30万円高い」 「A群の幸福度はB群より2ポイント高い」 「この新薬を飲んだ人の回復率は、飲まない人より10%高い」

──こうした「差」を見たとき、私たちはふつう「ああ、差があるのか」と受け取ります。 ですが、ここでもう一歩立ち止まる必要があります。

その差は、本当の差なのか? それとも、たまたまそう見えただけなのか?

この問いに答えるための統計学の方法が、今回取り上げる統計的検定(statistical test)です。

1. 統計的検定とは何か

統計的検定は、ひとことでいえば、

標本調査で得られた結論が、標本抽出による誤差を考慮しても、母集団について妥当であるかどうかを統計的に確かめる方法。

を指します(吉岡のノートより)。

調査は、ふつう母集団全体ではなく、その一部の標本に対して行います。 標本から得たデータには、標本誤差(→ #32)が必ず含まれます。 だから、標本に見えた差や関連が、母集団でも同じように成り立つかどうかは、自明ではありません。

統計的検定は、この標本誤差を考慮したうえで、「母集団においても差や関連がある」と言ってよいかどうかを判定する手続きです。

2. さまざまな検定

統計的検定には、いろいろな種類があります。 代表的なものを挙げると、

調べたい問いの形に応じて、適切な検定を選びます。

3. 検定の基本ロジック ──「偶然の確率」を計算する

統計的検定の基本ロジックは、ひとことで言うと、

標本に見られる差や関連が、標本誤差によって偶然生じている確率を計算すること。

です。 この確率のことを、p値(probability value)と呼びます。

判定の基準は、シンプルです。

慣習的に、p値が0.05(5%)以下なら「統計的に有意な差がある」と判断することが多いです。 これは「偶然でこの差が出る確率は5%以下」という意味で、決して「絶対に正しい」というわけではありません。

4. 「有意差がある」と「実質的に大きい差がある」は別

ここで、社会学的に大事な注意点があります。

統計的検定で「有意差がある」と出ても、その差が実質的に大きい差かどうかは、また別の話です。

たとえば、サンプル数が極端に多い調査では、ごくわずかな差でも「統計的に有意」と判定されることがあります。 ですが、その差が0.1%程度なら、社会的な意味づけとしては「ほぼ違いがない」と言ったほうが妥当な場面もある。

統計的検定の結果は、「差があるかないかの判定」であって、「その差の意味の大きさの判定」ではありません。 だから、検定の結果を見るときには、効果の大きさ(effect size)も併せて考えることが大切です。

これは、社会調査の結果を読むときの、地味だけれど重要なリテラシーです。

5. 検定が前提とする「無作為抽出」

統計的検定は、もうひとつの大事な前提を持っています。 それは、データが無作為抽出(→ #32)によって得られていることです。

無作為抽出でないデータに統計的検定を適用しても、出てきたp値の意味づけは大きく揺らぎます。 「X(旧Twitter)で集めたアンケート」「特定のメーリングリストでの調査」のように、回答者が偏っているデータに対して、検定だけを機械的に適用するのは、危ういのです。

ですから、検定の結果を見るときには、

──を必ずセットで確認する必要があります。

6. インタビュー研究と、統計的検定の発想

TSIR のインタビュー研究では、統計的検定を直接使うことはありません。 ですが、検定の精神 ──「目の前の現象が、たまたまなのか、構造的なのか」を慎重に区別する姿勢──は、質的研究にもそのまま当てはまります。

質的研究でも、こうした「偶然と構造の切り分け」を、常に意識する必要があります。 統計的検定は数式の話に見えますが、その底にあるのは、研究者がもつべき慎重さの作法そのものです。

結び

統計的検定は、社会調査の世界で「差があるかないか」を判定するための、定番の道具です。

ですが、「有意差がある」と聞いたときに、

──こうしたリテラシーを持っていると、世のなかの「数字」の読み方が格段に変わってきます。

数字は、それ自体では何も語りません。 語らせ方を、こちらが鍛えていく作業──それが、統計的検定との付き合い方だと思います。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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