はじめに

「日本人の◯◯%が、こう考えている」というニュースを見るとき、私たちはあまり立ち止まりません。 ですが、この「◯◯%」は、どうやって出された数字でしょうか。 日本人全員に聞いたわけではありません。一部の人に聞いて、その結果を全体に推定しているはずです。

ではどうやって、その「一部の人」を選んだのか。 ここに、調査の質を左右する決定的な分岐点があります。

今回取り上げるのは、有意抽出法(judgment sampling)と無作為抽出法(random sampling)です。

1. 母集団と標本 ── 大前提のことば

まず大前提のことばを整理します。

調査は、ふつうこの「標本」に対して行われます。 そして、標本から得たデータをもとに、母集団全体の傾向を推定します。 この推定の信頼性を左右するのが、抽出法(サンプリング)です。

2. 有意抽出法 ── 研究者が「これぞ」と選ぶ

有意抽出法は、ひとことでいえば、

「代表的」あるいは「典型的」と考えられる調査対象を、調査の企画者が抽出する方法。

です。

調査企画者が、これまでの知識や経験をもとに、「この人なら母集団の縮図になる」と判断して標本を選ぶ。 一見、合理的なやり方に見えます。

ですが、有意抽出法には大きな問題があります。 主観的な判断に頼っているため、選ばれた標本が母集団のどんな部分を代表しているか、統計的に評価できないのです。

たとえば、「日本の高校生の典型」を企画者が選んだとしても、その「典型」自体が企画者の偏見にすぎないかもしれない。 結果として、「日本の高校生は◯◯と考えている」と一般化したい段階で、その結論の信頼性に疑問符がつきます。

3. 無作為抽出法 ── くじ引きの原理

これに対して、無作為抽出法は、

母集団を構成するすべての要素に、標本として選ばれる確率を等しく与えて抽出する方法。

です。

文字通り、くじ引きのように、誰もが等しく選ばれるチャンスを持つ。 このランダム性こそが、無作為抽出法の強みです。

なぜ強みなのか。 無作為抽出のデータからは、標本誤差を計算することができるからです。 標本誤差とは、「標本から得た値」と「母集団の本当の値」とのズレの大きさ。 これが計算できると、「この調査結果は誤差プラスマイナスX%の範囲で正しい」と言えるようになる。 さまざまな統計的検定(→ #03 関連概念)を適用することも可能になります。

4. 標本誤差と、非標本誤差

抽出法に関して、もうひとつ覚えておきたい区別があります。

無作為抽出法を使えば、標本誤差は管理できますが、非標本誤差は別途、調査設計の工夫で減らすしかありません。 有意抽出法を使うと、誤差そのものの大きさが評価できないため、後の分析がとても難しくなります。

5. 質的調査と「目的的サンプリング」

ここまでは、量的調査の話です。 質的調査(インタビュー、フィールドワーク)では、状況がやや違います。

質的調査では、母集団を統計的に代表することよりも、研究テーマに豊かな示唆を与えてくれる対象を選ぶことが重視されます。 これを、目的的サンプリング(purposive sampling)と呼びます。 広い意味では、有意抽出法の一種です。

質的研究で目的的サンプリングが許容されるのは、目的が違うからです。 量的研究:母集団の傾向を統計的に推定する 質的研究:ひとりひとりの語りや現場を、深く理解する

Tapi在野研究ネットワーク のインタビュー研究は、後者に近い。 だから、「典型的な人を網羅的に集める」ことよりも、「この研究テーマを照らしてくれる人」を選ぶことを大事にします。

ただし、ここでも自分がどんなバイアスをもって対象を選んでいるかを、自覚することは欠かせません。

6. インタビュー研究と、抽出の自覚

Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聞く語りには、声を上げやすい人とそうでない人がいます。 研究者の知人ネットワーク、SNSでの呼びかけ、紹介の連鎖──。 こうしたルートで集まる方々には、ある種の偏りがあります。

これらの偏りを否定するのではなく、自覚した上で研究を進める。 「私たちが聞けた声」と「聞けなかった声」を意識しながら、結論を慎重にことばにしていく。 これも、抽出法をめぐる議論の延長線にある作法です。

結び

「誰に聞くか」は、調査の結果を左右する、決定的な選択です。

無作為抽出法は、量的調査の信頼性を支える土台です。 質的調査では目的的サンプリングが使われますが、そこにも自覚と説明責任が伴います。

ニュースや調査結果に出会ったとき、「これは誰に聞いた結果なのか」を一呼吸置いて考える癖をつけると、世の中の「数字」の意味がずいぶん違って見えてきます。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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