はじめに
東京の地図を頭に思い浮かべてみてください。 中心に丸の内、霞が関、銀座があり、その外側に下町、住宅地、郊外の住宅街が広がる。 さらに外側には通勤圏の郊外住宅地、そしてベッドタウン──。
このような、都市の構造を「同心円」のかたちで捉える発想を、20世紀初頭にはっきりと理論化したのが、アメリカ・シカゴ大学の社会学者アーネスト・W・バージェス(Ernest W. Burgess)です。 今回取り上げるのは、彼が提唱した同心円地帯理論(concentric zone theory)です。
都市社会学の古典中の古典で、いまも都市計画・地理学・社会学の教科書に必ず登場します。
1. 同心円地帯理論とは何か
同心円地帯理論は、ひとことでいえば、
都市は発展するにつれて、中心から同心円のように5つの地帯が広がっていく、とする理論。
を指します(吉岡のノートより)。
バージェスは、20世紀前半のシカゴをモデルに、都市の空間的パターンを5重の同心円で示しました。
2. 5つの地帯
バージェスの5つの地帯は、以下のとおりです。
Ⅰ:中心業務地区(Loop) 都市の中心。商業・金融・行政の中枢が集まる。 シカゴでは「ループ」と呼ばれる地区がこれにあたります。
Ⅱ:推移・遷移地帯(zone in transition) 中心業務地区のすぐ外側。軽工業地区、安価で劣悪な住宅地区。 移民、貧困層、底辺労働者が暮らす、流動的な地帯。
Ⅲ:労働者居住地帯(zone of workingmen's homes) 労働者階級の住宅地。 推移地帯から這い上がってきた人々の住む地域。
Ⅳ:住宅地帯(residential zone) 中産階級の住宅地域。 比較的安定した家族向けの住環境。
Ⅴ:通勤者地帯(commuters zone) 上流階級の郊外住宅地区、バンガローハウスなど。 都市中心部へは通勤で行き来する。
これらの地帯は、それぞれ独自の性格を持ち、人口移動、生活様式、社会問題のパターンが違ってきます。
3. 「侵入と継承」の動態
同心円地帯理論の核心は、都市が静的な構造ではなく、動的なプロセスとして描かれている点にあります。
バージェスは、都市の人口移動を「侵入と継承」(invasion and succession)として捉えました。
- 移民や貧困層は、まず推移地帯(Ⅱ)に入る
- 経済的に上昇すると、労働者居住地帯(Ⅲ)に移る
- さらに上昇すると、中産階級の住宅地帯(Ⅳ)に移る
- 最終的には、郊外(Ⅴ)に移る
その過程で、
- 中心部の建物は老朽化していく
- 中心部の住民は、外へと移動する
- そこに新しい移民・貧困層が入ってくる
このサイクルが、都市の動態を作っていく──。 これは、まさに都市の発展と衰退の循環を捉えた理論です。
ジェントリフィケーション(→ #113)や、発展段階説(→ #105)の議論も、この同心円地帯理論の延長線上にあります。
4. シカゴ学派の都市社会学
同心円地帯理論は、20世紀初頭のシカゴ学派の都市社会学を象徴する理論です。
シカゴ学派は、アーネスト・W・バージェス、ロバート・E・パーク、ルイス・ワース(→ #40 アーバニズム)などを中心に、急激に都市化が進むシカゴという街を、生きた実験室として研究しました。
彼らの問題意識は、
- 移民が急増する都市で、何が起きているのか
- 異なる民族・階層がぶつかり合うなかで、どんなコミュニティが生まれるのか
- 都市犯罪、貧困、不安定就労はどこに集中するのか
──といった切実なものでした。
バージェスの同心円地帯理論は、こうした問題意識の中で、都市を空間的に理解するための枠組みとして提示されました。
5. 「中心の老朽化と、富裕層の郊外流出」
同心円地帯理論が示したのは、都市中心部の老朽化・貧困化と、経済的に豊かな階層の郊外流出という、独特の都市成長過程でした。
これは、20世紀のアメリカの都市の現実を、よく描いていました。
- デトロイト:自動車産業の衰退で、中心部が極端に荒廃
- セントルイス、フィラデルフィア、ボルチモア:中心部の人口流出と荒廃
- 一方、富裕層は遠い郊外のスプロール地帯へ
日本では、これとは少し違うパターンがあります。 日本の大都市は、中心部の地価が高すぎて、富裕層も中心部のマンションに戻る傾向(再都市化/→ #105 発展段階説)が見られます。 ですから、同心円モデルがそのまま日本に当てはまるわけではありません。
6. 同心円地帯理論への批判
同心円地帯理論には、いくつかの批判もあります。
ひとつ目は、単純化のしすぎ。 現実の都市は、地形(川、丘)、交通網(鉄道、高速道路)、歴史的経緯によって、きれいな同心円にはなりません。
ふたつ目は、シカゴ特有。 バージェスのモデルは、平地に放射状の交通網を持つシカゴでは比較的当てはまりましたが、他の都市にはそのまま使えない。
三つ目は、現代都市への不適合。 モータリゼーション、IT、グローバル化が進むなかで、都市の構造はずっと複雑になっています。
これらの批判から、後続の都市理論は、
- セクター理論(ホイト):扇形に都市が広がる
- 多核心理論(ハリスとウルマン):都市はひとつの中心ではなく、複数の核を持つ
──など、より複雑なモデルを提案していきました。
7. それでも生きている発想
それでも、同心円地帯理論の発想は、いまも生きています。
- 都市の中心部・周縁部・郊外という3層構造は、いまでも基本的な見方
- 「中心部の老朽化と外周への流出」のパターンは、いまでも観察される
- ジェントリフィケーションは、この古典理論の延長線上に位置づく
そして何より、「都市は静止した構造ではなく、動的なプロセスである」というシカゴ学派の認識は、現代の都市社会学にとっても出発点になっています。
8. インタビュー研究と、同心円地帯理論
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、同心円的な都市の構造への手応えは、しばしば登場します。
- 「子どもの頃は中心部に住んでいて、結婚を機に郊外に移った」
- 「親世代は郊外、私の世代は中心部のマンションに戻ってきた」
- 「中心部の古い住宅街が、すっかり荒れた」
- 「ターミナル駅周辺の地価が上がって、もとからの住民は遠くへ移った」
これらの語りは、都市の同心円的構造のなかで、人々の人生が動いていることを教えてくれます。 同心円地帯理論の補助線を持っていると、こうした経験を、都市変動の構造的な動きとして読み解くことができます。
結び
同心円地帯理論は、20世紀前半のシカゴから生まれた、極めてシンプルな都市モデルです。
そのモデル自体は、現代の複雑な都市にはそのまま当てはまりません。 ですが、
- 都市を空間的に読む発想
- 都市を動的なプロセスとして捉える視点
- 侵入と継承の人口移動のパターン
──これらの基本的な発想は、いまの都市社会学のなかに、しっかり受け継がれています。
自分の住む街を、もう一度「同心円」のレンズで眺めてみる。 そこから、街と人の動きが、少し違う風景として見えてきます。
参考資料
- Ernest W. Burgess の同心円地帯理論
- シカゴ学派の都市社会学
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「同心円地帯理論」
- 関連:アーバニズムと下位文化理論(#40)、発展段階説(#105)、ジェントリフィケーション(#113)、人口移動(#91)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】