はじめに
「都市は、人が集まる場所だ」──。 20世紀前半まで、これはほとんど当たり前のように信じられていました。 ですが、20世紀後半、ヨーロッパの大都市で、思いがけない現象が起きてきます。
都市の中心から人が出ていく。 郊外に住居が広がる。 やがて都市そのものから人が離れていく──。
この、都市の人口動態の循環的な変化を、社会学・都市社会学のことばで整理したのが、今回取り上げる発展段階説(developmental stages of urbanization)です。
1. 発展段階説とは何か
発展段階説は、ひとことでいえば、
大都市では、都市化から郊外化を経て、衰退に向かうという逆都市化が発生し、都市中心部の空洞化を招くと考える理論。
を指します(吉岡のノートより)。
オランダの都市計画学者レオ・H・クラーセン(Leo H. Klaassen)が、1980年代に、ヨーロッパの148都市のデータの分析を通じて提唱しました。
クラーセンは、都市が時間の経過のなかで、
- 都市化(urbanization)
- 郊外化(suburbanization)
- 逆都市化(counterurbanization)
- 再都市化(reurbanization)
──を繰り返すという、循環モデルを提示しました。
2. 4つの段階を、もう少し詳しく
クラーセンの循環モデルの4段階を、それぞれ整理しておきましょう。
ひとつ目は、都市化。 農村から都市中心部への人口流入が、もっとも活発な段階。 都市の中心部が、急速に拡大していく時期です。 19世紀後半から20世紀前半のヨーロッパや、戦後の日本の高度経済成長期がこれにあたります。
ふたつ目は、郊外化。 都市中心部の人口は減少し始めますが、都市圏全体の人口は増加する。 中心部から郊外へと、人口が移動していく段階。 自動車社会の発展、住宅地の郊外への拡大が、これを支えました。 20世紀後半のアメリカが、典型的な例です。
三つ目は、逆都市化。 都市圏全体の人口が、減少に転じる段階。 中心部だけでなく、郊外も含めた都市圏全体から、人が出ていく。 産業構造の変化、人口減少、地方の魅力の再評価などが背景にあります。 1980年代以降の欧州の旧工業都市、近年の日本の地方都市の状況がこれに近い。
四つ目は、再都市化。 逆都市化を経て、再び都市中心部に人口が戻ってくる段階。 中心部の再開発、文化施設・サービスの集積、若者の都心回帰などが、これを後押しします。 近年の東京、ロンドン、パリの中心部回帰の現象が、これにあたります。
クラーセンは、これら4段階が循環的に繰り返されると考えました。 都市は、ひとつの方向に進歩していくのではなく、人口の盛衰のサイクルを描いている──というのが、彼の主張でした。
3. 都市中心部の空洞化問題
発展段階説のなかでも、特に注目されたのが、逆都市化期の都市中心部の空洞化でした。
20世紀後半、デトロイト、リバプール、マンチェスター、ゼノアなど、世界中の旧工業都市で、
- 産業の衰退
- 雇用機会の減少
- 人口流出
- 中心部の荒廃
- 治安の悪化
──が連鎖的に進行しました。 かつて栄えた都市が、わずか数十年で大きく姿を変えてしまう。 これは、当時の都市計画にとって、大きな衝撃でした。
日本でも、近年、
- 地方都市の中心市街地のシャッター街化
- 「コンパクトシティ」政策の議論
- 限界集落の問題
──といった現象が、発展段階説の文脈で議論されてきました。
4. クラーセン理論への批判
クラーセンの発展段階サイクルのモデルは、提唱当時は注目されましたが、その後、さまざまな議論を呼びました。
近年では「時代遅れ」とされる側面もあります。
ひとつ目の批判は、普遍化の問題。 ヨーロッパ148都市のデータから出てきたパターンが、すべての地域に当てはまるとは限らない。 アジア、アフリカ、ラテンアメリカの都市は、また違う動きをしている。
ふたつ目の批判は、経済構造との関連の単純化。 都市の盛衰は、産業構造、グローバル経済、政策、文化など、多様な要因に左右される。 段階モデルだけでは捉えきれない複雑さがある。
三つ目の批判は、循環の必然性への疑問。 都市が、本当に4段階を「循環」するのか? 別の発展のパターンもあるのではないか?
5. ですが、まだ生きている問題関心
これらの批判はあるものの、発展段階説の問題関心──「都市は変化し続け、ときに衰退する」──は、いまでも切実です。
日本では、人口減少社会のなかで、
- 大都市の中心部回帰と、地方の衰退
- 限界集落、消滅可能性都市の議論
- コンパクトシティ、地方創生の試み
- 中心市街地の再開発と、郊外の空き家問題
──といったテーマが、まさに発展段階説の問題関心と地続きにあります。
「都市はずっと成長する」という素朴な前提を超えて、衰退や再生のサイクルも視野に入れて、都市政策を考える必要がある。 これは、クラーセンが残した遺産のひとつです。
6. 都市と人口移動
発展段階説は、人口移動(→ #91)の議論ともつながっています。
- 都市化 → 農村から都市へ
- 郊外化 → 都市中心部から郊外へ
- 逆都市化 → 都市圏全体から地方や別の都市へ
- 再都市化 → 地方や郊外から都市中心部へ
人口移動の方向性が、都市の発展段階を作り出している。 そして、その方向性は、
- 経済機会
- 住居環境
- 交通インフラ
- 文化的魅力
- 政策
──といった、多様な要因によって決まります。
7. インタビュー研究と、発展段階説
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、発展段階説的な視点が役立つ瞬間があります。
- 「若い頃は田舎から都会に出て、いまは地方に戻ってきた」(逆都市化的な移動)
- 「実家のある町が、すっかりシャッター街になっていた」(中心市街地の空洞化)
- 「都心のマンションに、若い世代が集まってきている」(再都市化)
- 「自分の人生が、都市の盛衰と重なっていた」
これらの語りは、個人の人生と、都市の発展段階が、深く絡み合っていることを示しています。 発展段階説の補助線を持っていると、こうした語りを、個人の選択と、都市の構造的な動きの交差として読むことができます。
結び
クラーセンの発展段階説は、いまでは「時代遅れ」とされる側面もあります。 ですが、「都市は変化し、ときに衰退する」という問題関心は、いまもまったく古びていません。
人口減少時代の日本にとって、都市の発展段階のサイクルをどう設計するかは、極めて切実な課題です。 クラーセンの問いを、現代の文脈で受け取り直すこと──。 これは、都市社会学にとって、いまも開かれているテーマです。
参考資料
- レオ・H・クラーセンの都市発展段階論
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「発展段階説」
- 関連:アーバニズムと下位文化理論(#40)、人口移動(#91)、社会開発(#93)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】