はじめに
街中で17色のドーナツ型バッジを見かけるようになって、もう何年も経ちます。 SDGs(エスディージーズ)──持続可能な開発目標。 企業のプレスリリースから小学校の授業まで、いまではほとんどの場面で耳にする言葉です。
ですが、「持続可能な発展」とは、もとはどんな問題意識から立ち上がった概念なのか。 そして、SDGsには、社会学的にどんな問いが含まれているのか。 今回は、この基本を整理しておきます。
1. 持続可能な発展とは何か
持続可能な発展は、ひとことでいえば、
不可逆的な自然環境の破壊をしない、再生困難な天然資源を消費し尽くさない、将来の世代の必要充足能力を脅かさない、という原則のもとで実現しようとする発展のあり方。
を指します(吉岡のノートより)。
1987年、国連のブルントラント報告(Our Common Future)が、次のような有名な定義を残しました。
「将来の世代の、自分たちの必要をまかなう能力を損なうことなく、現在の必要に対応する発展を続ける」
ここでのキーワードは、
- 世代間の公平性:いまの世代の利益のために、将来の世代の選択肢を奪わない
- 世代内の公平性:先進国と開発途上国、富裕層と貧困層の格差を意識する
- 不可逆性の回避:取り返しのつかない環境破壊を避ける
──です。
2. 1980年代末からの問題意識
持続可能な発展の概念が広がりはじめたのは、1980年代末からです。 背景には、
- 気候変動の顕在化
- 熱帯林の脱森林化
- オゾン層の破壊
- 生物多様性の喪失
- 国境を超える環境汚染
──といった、グローバルな環境問題の浮上がありました。 これらは、ひとつの国だけで対処できない。 だから、「グローバルコミュニティ」という視点が、不可欠になっていきます。
「世代内・世代間における公平性は、21世紀のグローバル社会に不可欠な指導理念」──。 これが、持続可能な発展論の中核的な主張です。
3. MDGsからSDGsへ
国連の場で、持続可能な発展は、政策目標として具体化されてきました。
- MDGs(Millennium Development Goals、2000〜2015):開発途上国の貧困削減を中心とした8目標
- SDGs(Sustainable Development Goals、2015〜2030):地球全体の持続可能性を扱う17目標
SDGsは、MDGsより射程が広く、開発途上国だけでなく先進国にも目標を課したのが特徴です。
17目標は、
- 貧困をなくす
- 飢餓をゼロに
- 健康と福祉
- 質の高い教育
- ジェンダー平等
- 安全な水とトイレ
- エネルギー
- 働きがいと経済成長
- 産業と技術革新
- 不平等の是正
- 持続可能な都市
- 責任ある消費
- 気候変動対策
- 海の豊かさ
- 陸の豊かさ
- 平和と公正
- パートナーシップ
──と、極めて広範にわたります。
4. 持続的発展を支える政策の柱
学術的・政策的に、持続可能な発展を実現するための主要な政策の柱は、次のように整理できます。
ひとつ目は、エコロジー的な影響の測定。 経済成長が天然資源にもたらす影響を測定し、現在の試みをさらに促進する。
ふたつ目は、環境財・環境サービスへの経済価値の設定。 天然資源には価格設定がなく、過小評価されがちです。 たとえば、CO2の排出権取引のように、環境価値を経済価値に変換する仕組みを整備する。
三つ目は、制度・組織の構築。 天然資源の劣化を抑える制度や組織を構築し、インセンティブ(誘因)を導入する。
これらが組み合わさって、持続可能な発展が政策として動いていきます。
5. 持続可能な発展への批判
持続可能な発展論には、いくつかの批判もあります。
ひとつ目:判断の曖昧さ。 何が「持続的」で、誰にとって「非持続的」かの判断は、しばしば困難です。 立場によって、答えは変わります。
ふたつ目:「すべての人に対するすべてのもの」というスローガンの限界。 SDGsは、ほぼあらゆる社会問題を網羅しています。 ですが、これは「何でも入っているから、何にもならない」というリスクも持ちます。 SDGsが、持続不可能な計画を進めるためのイデオロギー上の煙幕になることも、少なくない、と批判されてきました。
三つ目:西洋中心主義。 持続可能な発展は、もともと西洋の保守主義と環境政治学から始まった概念。 開発途上国の中心的関心事である「物質的貧困の排除」よりも、産業化された社会の主な問題である「環境保護」に傾く傾向があります。 西欧側が資源を乱用し続けているにもかかわらず、開発途上国側が熱帯雨林や珊瑚礁の保全に失敗したことを非難する、不快な構図が生まれることもあります。
6. エコツーリズムの問題点
持続可能な発展の具体例として、しばしば挙げられるのがエコツーリズムです。 ですが、エコツーリズムにも、社会学的な落とし穴があります。
理念としては、
- 経済的な効率性
- 社会の平等性
- 生態系の持続性
──の三つを両立させる観光のあり方とされます。
ですが、実態を見ると、
- 多くの観光業は海外資本:収益の71%が先進国に分配される事例も(ボツワナ・オカナンゴデルタ地域)
- 地域の労働者は低賃金の仕事につく傾向、管理職は国外在住者
- 地域住民は、自治体資源の変容や故郷の変容に戸惑いを覚える
──という現実があります。 理念と現実のずれは、SDGs全般について、よくよく観察すべき問題です。
7. 環境ジェントリフィケーションとの接続
#113 ジェントリフィケーションで触れた環境ジェントリフィケーションは、持続可能な発展のひとつの落とし穴です。 「環境にやさしい街づくり」を進めると、結果として低所得層が押し出され、社会的不平等が拡大することがある。
持続可能な発展を、本当に公平で多角的に進めるためには、こうした逆効果にも目を向け続けなければなりません。
8. インタビュー研究と、持続可能な発展
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、SDGs的な問題意識は、しばしば現れます。
- 「自分の世代の選択が、子どもの世代にどう影響するか考えるようになった」
- 「環境問題を意識した暮らしを試みているけど、できることは限られている」
- 「会社のSDGs研修が、形式的に感じてしまう」
- 「グローバルな課題と、地域の暮らしのつながりが、見えづらい」
これらの語りは、SDGsという言葉が広まる一方で、その実質的な手触りが掴みにくいことを示しています。 持続可能な発展の補助線を持っていると、こうした感覚を「個人の意識の問題」だけでなく、構造的な課題として読み解くことができます。
結び
持続可能な発展は、20世紀末から現在まで、世界の指導理念のひとつとして力を持ち続けてきました。
その理念は美しい。ですが、実装は難しい。 誰が持続するのか、何が持続するのか、誰の犠牲のもとに持続が成り立つのか──。 こうした問いを、SDGsの17色のバッジの裏側で、私たちは問い続けなければなりません。
「将来世代に責任を持つ」というシンプルな原則を、現在の政治・経済・文化のかたちにどう組み込むか。 これは、21世紀の社会のかたちを決める、もっとも切実な課題のひとつです。
参考資料
- 国連「ブルントラント報告」(1987)
- 国連「持続可能な開発目標 SDGs」(2015)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「持続可能な発展 SDGs」
- 関連:環境(#95)、環境的公正(#54)、ジェントリフィケーション(#113)、社会開発(#93)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】