用語分類:質的調査方法 監修:吉岡詩織 最終更新:2026-05-09
精神障害・発達障害・依存症などの困難を抱える本人が、自らの経験を仲間とともに研究の対象として言語化し、困難への対処や自己理解を深めていく取り組みです。日本の支援実践のなかから生まれ、医療・福祉・教育など幅広い領域に広がりつつあります。

ひとことで言うと

「困りごとを抱えている本人こそが、その専門家である」という発想から、本人と仲間がともに自分の経験を観察し、研究として語り直していく実践です。

定義

当事者研究は、何らかの生きづらさや困難を抱える本人(当事者)が、それを「自分の問題」として一人で抱え込むのではなく、仲間や支援者とともに観察・記述・分析することで、困難のしくみを理解し、新たな付き合い方を編み出していく実践であり、その方法論です。

支援を「与える/受ける」関係から、「ともに研究する」関係への組み換えを志向しており、医療モデルや専門家モデルとは異なるかたちで知を生み出そうとする点に特徴があります。

文脈と歴史

2000年代に北海道の地域精神保健の現場から広がり、精神障害領域のセルフヘルプ実践として知られるようになりました。その後、発達障害、依存症、慢性疾患、不登校、スクールカウンセリングなど、対象が広がっていきます。

近年では、当事者研究を取り入れた大学のゼミや、自治体の研修、企業の心理的安全性の取り組みなど、専門領域を越えた応用も進んでいます。

主要な論点

1. 「自分のことを自分で語る」権利

当事者研究は、本人にとっての困難を、本人の言葉で語る場を確保することを重視します。専門家の用語に翻訳される前の経験を尊重する姿勢が、参加者の自己理解を支えます。

2. 仲間と研究すること

個人で抱え込むのではなく、似た経験を持つ仲間とともに研究することで、自分の困難を相対化したり、対処のレパートリーを共有したりすることが可能になります。

3. 医療・支援との関係

当事者研究は医療や専門的支援を否定するものではなく、むしろ補完的な関係として位置づけられます。一方で、当事者の語りが医療化された言語に回収されてしまわないよう、注意深い設計が必要です。

4. 研究と研究者の境界

当事者研究は学術研究と日常実践の中間に位置するため、研究倫理、公表、共同執筆、所有権などの新しい論点を提起しています。誰の知としてどのように残すかは、現在も議論が続くテーマです。

TSIRの研究との関わり

TSIRのインタビュー研究は、語り手を「研究対象」ではなく「ともに語りを編む共同作業者」として位置づけることを大切にしています。当事者研究が示してきた「自分のことを自分で語る場」の重要性は、私たちの研究設計の前提と深く重なります。

プロジェクト「支援現場の最前線」のように、支援する側・される側という関係を相対化しながら現場の知を扱おうとする試みは、当事者研究の発想から多くを学んでいます。

関連する用語

参考文献・参考資料

※ 参考文献は順次追加・整理していきます。

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