用語分類:質的調査方法 監修:吉岡詩織 最終更新:2026-05-09
行為の表面的な動作だけでなく、その行為が当事者にとって何を意味するのか、どのような文脈に位置しているのかまでを書き込んだ記述を指します。文化人類学者クリフォード・ギアツによって提示され、エスノグラフィーや質的研究の質を語るうえでの基準のひとつとなっています。

ひとことで言うと

同じ「ウインク」でも、目を閉じる動作だけを書くのではなく、それが場の文脈のなかでどんな意味を持っているかまで書く、というのが「厚い記述」のイメージです。

定義

厚い記述(thick description)は、観察された行為や出来事を、その文化的・社会的文脈に位置づけ、意味の重層を読み取れるかたちで記述することを指します。これに対し、外形だけを書き留めた記述は「薄い記述(thin description)」と呼ばれ、両者は質的研究の質を語るときの対比として用いられます。

文脈と歴史

もともと哲学者ギルバート・ライルが提示した概念ですが、文化人類学者クリフォード・ギアツがエスノグラフィーの方法論として展開したことで、社会科学の用語として広く知られるようになりました。20世紀後半以降の解釈的人類学や社会学に大きな影響を与えています。

主要な論点

1. 行為と意味

行為は、それ自体としてではなく、当事者にとっての意味と切り離せないかたちで観察されるべきだ、というのが厚い記述の発想です。意味は文化的文脈のなかに埋め込まれているため、文脈ごと記述することが必要になります。

2. 解釈の解釈

厚い記述は、当事者がすでに行っている解釈を、研究者がさらに解釈し直す作業でもあります。研究者の記述は、対象の純粋な複写ではなく、つねに解釈の重なりを伴っていることを引き受ける姿勢が求められます。

3. 一般化との関係

厚い記述は、ひとつの場の意味の文脈を深く描くことを目指すため、量的な一般化とは異なる説得のしかたを取ります。具体的な記述を通じて、より広い問いに接続するという、事例研究的な論理がここに重なります。

4. 過剰な厚さの危険

記述を過剰に重ねれば良いというものではなく、何を厚く書き、何を省くかという判断そのものが、研究者の問題関心によって構造化されます。厚さの選択自体を反省的に扱うことが必要です。

TSIRの研究との関わり

TSIRのインタビューサマリーや報告では、語り手の発言を一文で要約してしまうのではなく、その人がそれをどのような文脈で語ったか、何を背景としてその選択をしているかを描こうとしています。これは、厚い記述の発想を、インタビュー記録のかたちで取り入れている部分だと言えます。

プロジェクト「仕事・育児をしながら創作をする理由」のように、選択の背後にある日常の手ざわりまで含めて理解しようとする取り組みは、厚い記述の姿勢と響き合います。

関連する用語

参考文献・参考資料

※ 参考文献は順次追加・整理していきます。

質的研究法・インタビュー研究について、講演・執筆・取材のご依頼を承っています。

お問い合わせCONTACT