ひとことで言うと
ある集団や場の「あたりまえ」を、外から眺めるのではなく、内側に身を置いて記述しようとする方法です。いわば「人々の生活世界に居続けることそのものをデータに変える」研究のあり方だと言えます。
定義
エスノグラフィーは、特定の社会集団や場で営まれている文化・実践・意味づけを、フィールドワークを通じて長期的に観察し、それを記述・分析する研究方法であり、同時にその記述を体裁化したテクストの呼び名でもあります。「方法」と「成果物」の両方を指す言葉として用いられます。
多くの場合、参与観察、フィールドノート、聞き取り、現地で得た文書や写真など、複数の素材が組み合わされます。研究者の身体や感情も観察の道具として位置づけられ、「誰がどこで何を見聞きしたか」を可能なかぎり透明にする記述が求められます。
文脈と歴史
20世紀前半の文化人類学において、現地の言葉を学び、長期に滞在して人々と暮らしながら記述するスタイルが確立しました。やがて社会学にも導入され、都市の街角・職場・施設・学校など、身近な場を対象にしたエスノグラフィーが展開していきます。
20世紀後半以降は、研究者と対象者の関係性や、書き手の権力性をめぐる方法的反省が進みました。客観的な「真理」を伝えるテクストではなく、書き手の立場から構成された解釈の産物として、エスノグラフィーを位置づけ直す動きです。これは「書くこと」自体を主題化するライティング・カルチャー論として知られています。
主要な論点
1. 参与の度合い
研究者がどれだけ深くフィールドに参加するかは、エスノグラフィーの設計に大きく影響します。完全な参加者として暮らすのか、観察者としてある程度の距離を保つのか。深く関われば見えてくるものが増える一方、関係が深まれば抜け出しにくくなり、書く際の倫理も難しくなります。
2. 厚い記述と薄い記述
同じ出来事も、その意味の文脈をどこまで重ねて書くかで、得られる理解は変わります。エスノグラフィーが目指すのは、行動の表面ではなく、その行為が当事者にとって何を意味しているのかが伝わるような厚みのある記述です。
3. 一般化と単一事例
ひとつの場の記述から、どこまで他の場や社会全体について語れるのか。エスノグラフィーは統計的代表性ではなく、事例を通じて社会のしくみを見る視点を提供します。比較や理論的対話を通じて、個別の記述を広い問いに接続する作業が重要になります。
4. 書き手の立場性
研究者がどのような属性・立場でフィールドに入り、誰と関係を結び、どこを書き、どこを書かないかは、テクストに必ず反映されます。エスノグラフィーは、書き手自身を消すのではなく、その立場性を引き受けて開示する方法でもあります。
TSIRの研究との関わり
TSIRのインタビュー研究は、長期的な参与観察を中心に据えるエスノグラフィーそのものではありませんが、人々の生活世界の語りを内側から理解しようとする姿勢を共有しています。プロジェクト「仕事・育児をしながら創作をする理由」では、語り手の創作の現場や日常の段取りを聞き取りながら、その意味世界を記述する作業を続けています。
また、エスノグラフィー的な視点は、インタビュー記録を読み返す際にも役立ちます。発言の背後にある場の文脈や関係性を意識することで、語りを表面的にではなく、生活世界の一部として理解する姿勢を保ちやすくなります。
関連する用語
参考文献・参考資料
※ 参考文献は順次追加・整理していきます。
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