インタビューの要約

1. 母の言葉と、湧いてこなかった母性

めいさんは、介護と3人の子育てを一人で回すお母様を見て育ちました。傍から見れば大変なのに、母は「子ども持つといいよ」と言う。「産んでみたら母性が湧いてくる」とも。その言葉を信じて、めいさんは産みました。

全然納得感なくて。全然湧いて来ないんだけど、みたいな。でもゼロじゃないけど。
(めいさんの言葉、note記事より)

まあなんとかギリ、今子供二人でギリギリやってるけど、それもまあ責任感でやってるって感じで、あまり母性でやってないよなあっていう感じはします。

母性は「産めば自動的に備わるもの」として語られがちです。社会学や歴史学では、それが自然ではなく規範──母性イデオロギー──だという議論が長くされてきましたが、めいさんの語りは、その議論を理屈ではなく生活の言葉でやっている。「母性でやってない、責任感でやってる」。この一言は、育児を続けている人の実感として、記録に残す価値のある言葉だと思いました。

2. 「一人でも育てられる」と思っていた

一人で子供って育てられるんだって思ってたんですよ。だから、あたりから、いや、無理や、これって、感じですね。

母が一人で全部やっているのを見て、「できるもの」だと学習していた。実際に自分がやってみると、夫の協力があってなおギリギリだった。ロールモデルは、こういうふうに世代を越えて転写され、実践の中で修正されていくのだと思います。めいさんは「もし私があの時の母の状況になってたら、多分逃げてただろうな」とも言っています。母を否定するのではなく、母がやっていたことの重さを、自分の身体で測り直した言葉です。

3. 養子縁組を「出す側」で調べた夜

このインタビューでいちばん重い場面は、養子縁組についての質問への答えでした。お子さんが1歳と3歳の頃、台湾行きが決まった不安の中で、めいさんは鬱状態になり、昼間ずっと子どもを叱ってしまっていたといいます。

こんなに怒ってるダメなお母さんだと思って、この子は出された方が幸せかもしれないと思って調べてた。

追い詰められた親が、夜中に「手放す」ための情報を検索する。この夜は、どんな統計にも出てきません。めいさんの場合は、夫に話したところ「それは養子縁組がどうっていうよりかは、鬱とかそっちの方だから」という応答があり、オンラインカウンセリングで持ち直した。問題の名前を付け替えてくれる人がそばにいたことで、話がケアの方に折り返した一往復です。ここを公開してくださったことに、編集として頭が下がります。育児支援を考える立場の人に、読んでほしい記録です。

ちなみにその後、お子さん二人が幼稚園に入った瞬間のことを、めいさんは「もうハッピーすぎて、世界をありがとうみたいな」と表現しています。この明るさも含めて、めいさんの語りです。

4. 「そういうものだ」と疑わなかった

だから自分も別にいいとか悪いとか、したいとかしたくないじゃなくて、そういうものだろって思って生きてきたから、本当にそういうものだっていうのを疑いもせずにいたっていうところがあるのと。

結婚はするもの、子どもは産むもの。「いい悪い」でも「したい・したくない」でもなく、「そういうもの」。個人の外側にあって、個人の行動を方向づける様式──デュルケムのいう社会的事実の、教科書のような語られ方です。そして規範が規範として見えるのは、そこから外れた人に出会ったときです。めいさんの場合、二十代で「そういう常識じゃない人もいるんだ」と知った。このプロジェクトのインタビューを並べて読むことは、たぶんその「出会い」を紙上で増やす作業なのだと思います。

めいさん、台湾から長時間、ここまで開けっぴろげに話してくださって、ありがとうございました。

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note · 無名人インタビュー めいさん|子どもを持つ理由・持たない理由インタビュー

このコラムについて

めいさんへのインタビュー(2026年07月04日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。

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社会的事実(エミール・デュルケム)/母性イデオロギー/役割期待

【編集・制作:qbc / 無名人インタビュー】

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