インタビューの要約
- インタビュイーは台湾在住の40歳、めいさん。元小学校教員で、7歳と5歳の男の子を育てている
- 「産んでみたら母性が湧いてくる」という母の言葉を信じて産んだが、「母性ではなく責任感でやっている」と語る
- 母を見て「一人でも子どもは育てられる」と思っていたのが、二人目で「いや、無理や、これ」に変わった
- 育児鬱のさなか、養子縁組を「出す側」で調べた夜のことを、率直に語ってくださっている
- 「結婚したら産むもの」という規範を疑わずに来た自分を、あとから言語化していく語り
1. 母の言葉と、湧いてこなかった母性
めいさんは、介護と3人の子育てを一人で回すお母様を見て育ちました。傍から見れば大変なのに、母は「子ども持つといいよ」と言う。「産んでみたら母性が湧いてくる」とも。その言葉を信じて、めいさんは産みました。
全然納得感なくて。全然湧いて来ないんだけど、みたいな。でもゼロじゃないけど。
(めいさんの言葉、note記事より)
まあなんとかギリ、今子供二人でギリギリやってるけど、それもまあ責任感でやってるって感じで、あまり母性でやってないよなあっていう感じはします。
母性は、産めば自動的に備わるもの、として語られがちです。研究の世界では、それは自然ではなく思い込みの側なのではないか、という議論が長くされてきました。めいさんの語りは、その議論を、理屈ではなく生活の言葉でやっています。
「母性でやってない、責任感でやってる」。育児を続けている人の実感として、記録に残す価値のある一言だと思いました。
2. 「一人でも育てられる」と思っていた
一人で子供って育てられるんだって思ってたんですよ。だから、あたりから、いや、無理や、これって、感じですね。
母が一人で全部やっているのを見て、できるものだ、と学習していた。実際に自分がやってみたら、夫の協力があってなおギリギリだった。
親の背中は、レシピに似ています。見て覚えたつもりでも、自分で作ってみて初めて、火加減の難しさがわかる。めいさんは「もし私があの時の母の状況になってたら、多分逃げてただろうな」とも言っています。母を否定する言葉ではありません。母がやっていたことの重さを、自分の身体で測り直した言葉です。
3. 養子縁組を「出す側」で調べた夜
このインタビューでいちばん重い場面は、養子縁組についての質問への答えでした。お子さんが1歳と3歳の頃、台湾行きが決まった不安の中で、めいさんは鬱状態になり、昼間ずっと子どもを叱ってしまっていたといいます。
こんなに怒ってるダメなお母さんだと思って、この子は出された方が幸せかもしれないと思って調べてた。
追い詰められた親が、夜中に、手放すための情報を検索する。この夜は、どんな統計にも出てきません。
めいさんの場合は、夫に話したところ「それは養子縁組がどうっていうよりかは、鬱とかそっちの方だから」という応答がありました。問題の名前を付け替えてくれる人がそばにいて、話がケアの方に折り返した。オンラインカウンセリングで持ち直したそうです。
ここを公開してくださったことに、編集として頭が下がります。育児支援を考える立場の人に、読んでほしい記録です。
ちなみにその後、お子さん二人が幼稚園に入った瞬間のことを、めいさんは「もうハッピーすぎて、世界をありがとうみたいな」と表現しています。この明るさも含めて、めいさんの語りです。
4. 「そういうものだ」と疑わなかった
だから自分も別にいいとか悪いとか、したいとかしたくないじゃなくて、そういうものだろって思って生きてきたから、本当にそういうものだっていうのを疑いもせずにいたっていうところがあるのと。
結婚はするもの。子どもは産むもの。いい悪いでも、したい・したくないでもなく、「そういうもの」。
個人の外側にあって、個人を方向づけているものの、教科書のような語られ方です。そして、それが目に見えるようになるのは、そこから外れた人に出会ったときです。めいさんの場合、二十代で「そういう常識じゃない人もいるんだ」と知りました。
このプロジェクトのインタビューを並べて読むことは、たぶん、その「出会い」を紙の上で増やす作業なのだと思います。
めいさん、台湾から長時間、ここまで開けっぴろげに話してくださって、ありがとうございました。
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このコラムについて
めいさんへのインタビュー(2026年07月04日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。
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