はじめに

宝石、高級時計、高級車、別荘、ヨット──。 これらを買う人々は、本当に「機能」のためにお金を払っているのでしょうか。 それとも、別の何かのために?

19世紀末のアメリカで、この問いを正面から扱い、消費社会論の出発点を作った社会学者がいます。 ソースタイン・ヴェブレン(Thorstein Veblen)。 今回取り上げるのは、彼の有名な概念、誇示的消費(conspicuous consumption)です。

1. 誇示的消費とは何か

誇示的消費は、ひとことでいえば、

消費が、本来の使用目的を離れて、富と社会的地位を示す競争の手段になっていることを意味する。

を指します(吉岡のノートより)。

ヴェブレンは1899年の著作『有閑階級の理論』で、この概念を提示しました。 19世紀末のアメリカ社会の企業経営者を有閑階級(leisure class)と名づけ、その生活様式に見られる、

──を、社会学的に批判しました。 そこに含まれるのが、賭博、スポーツ、勤労しないことの証明としての女性美──そして、誇示的消費でした。

2. ヴェブレンが見ていた風景

ヴェブレンが見ていたのは、急速に豊かになった19世紀末アメリカの上流階級の風景でした。

新興の富裕層は、ヨーロッパ貴族の生活様式を真似て、

──といった消費を、競うように行いました。 これらの消費の本質は、「自分は、これだけの富を持っている」と周囲に見せることにありました。 商品やサービスの実用的な機能よりも、それを所有・消費していることの社会的シグナルこそが、消費の核心だ、というのがヴェブレンの観察でした。

3. 「見せびらかし」の進化論的解釈

ヴェブレンは、誇示的消費を、社会の進化のなかで位置づけました。

伝統社会では、社会的地位は、武力や血統で示されてきました。 近代の商業社会では、武力ではなく経済的成功が社会的地位を示すようになる。 ですが、経済的成功は、ただ自分の銀行口座に数字があるだけでは、他人に伝わらない。 だから、人々はそれを見えるかたちで示す必要がある。

ここに、誇示的消費が生まれます。 邸宅、宝石、毛皮、ぜいたくな食事──これらはすべて、「私はこれだけのお金を、生活の必要を超えて使える」という、社会的成功のシグナルです。

ここで重要なのは、誇示的消費が競争的であることです。 他人より上に立ちたい、追い抜かれたくない──。 だから消費の水準は、社会全体で上がり続けます。 ヴェブレンが見ていたのは、こうした「終わらない競争」としての消費社会の構造でした。

4. 「ゆたかな社会」と「消費社会」への発展

ヴェブレンの誇示的消費の議論は、その後の消費社会論の出発点になります。

ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)は、1958年の『ゆたかな社会』で、現代社会では生産者が広告を通じて消費者の欲望を作り出している、と論じました(依存効果)。 これも、ヴェブレンの問題意識を引き継いだ議論です。

ボードリヤール(Jean Baudrillard)は、1970年の『消費社会の神話と構造』で、現代の消費は商品の機能ではなく記号を消費するものになっていると論じました(→ #22 社会的差異化)。 ここでも、ヴェブレンの誇示的消費の延長線上で、より精密な議論が展開されています。

つまり、ヴェブレンの誇示的消費は、20世紀の消費社会論の源流であり、消費を「ただの経済行為」ではなく「社会的記号の行為」として捉え直す道を切り開いたのです。

5. SNS時代の誇示的消費

ヴェブレンの議論は、SNSの時代にこそ、ますます鮮明に当てはまります。

Instagram、TikTok、X──。 これらのプラットフォームで投稿される写真や動画は、しばしば自分の消費を見せるためのものです。

これらはすべて、ヴェブレンが言う誇示的消費の現代版だと言えます。 SNS時代の特徴は、

──といった点です。 誇示的消費は、19世紀末の上流階級の話ではなく、私たち全員の話になっています。

6. インタビュー研究と、誇示的消費

TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、誇示的消費的な感覚は、しばしば顔を出します。

これらの語りは、消費が「本当に欲しいから買う」だけではなく、「誰かに見せたいから買う」場面を持つことを示しています。 誇示的消費の補助線を持っていると、こうした語りを「個人の見栄」ではなく、社会的な構造のなかでの行為として読み直すことができます。

結び

ヴェブレンが100年以上前に提示した誇示的消費の概念は、SNS時代のいま、改めて切実な意味を持っています。

消費は、たんなる経済行為ではなく、社会的なシグナルでもある。 このことを自覚すると、自分の買い物・選択・投稿にも、新しい問いが立ち上がってきます。

「これは、本当に自分のために欲しいのか」 「これは、誰に見せるためのものか」

このシンプルな問いを自分にかけ続けることが、消費社会との健全な距離の取り方なのかもしれません。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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